――第二話――



 「咲羅様!」
桜園から咲羅が出てると、それを待っていたかのように入り口に並んでいた男達の中でもっとも年をとっているらしい男が声をかけてきた。この屋敷に長年仕え、今では一番の古株ともいえる人物だ。咲羅も十分に信頼を置いている。
そんな男に声を掛けられ、咲羅はゆっくりと視線をめぐらせた。
 「爺か。愛媛に行く。すぐに手配してくれ。」
 「はい、分かりました。愛媛の新居浜、でよろしいですね。ところで、愛媛の分家の方から先程電話が入りました。」
 「ああ、いまからかけなおそう。それと他の者はもう帰ってくれてかまわない。わざわざすまなかった。」
それだけ言うと咲羅は急いで家に駆け込んだ。
“桜”がああ言った以上一刻の猶予もない。こうしている間にも誰かが犠牲になるかもしれないのだ。あるいは、もう・・・
咲羅はそんな考えを振り払うかのように受話器を取り上げる。
「新居浜に」
電話をつなぐオペレータの声を待たずに、咲羅は口早に相手先を伝えた。

―――急がなくては・・・



『すごく闇の気配が強くて普通に人にも異変が出ています。今にも爆発しそうなんです。二時間ほど前までは平気だったのですが。……すみません。もっと早く気付いていればここまでならなかったのに。』
電話越しに相手の逼迫した気配が伝わってくる。相手は愛媛の分家頭だ。普段は松山の奥道後に拠点を構えているのだが、現場の者に要請されたのだろう、今は新居浜の屋敷にいるようだ。
「いや、“桜”も気付けなかったみたいだから無理もない。そんなことよりこれからの事だが、…そこ、学校なんだよな。なんとか学校全体を封鎖できないか?」
『掛け合ってはいるのですが、学校も体裁を気にしてなかなか…』
早く一般の人間を外に出してしまわなくては、闇の力は増す一方になるし、犠牲者が出るのは火を見るよりも明らかだ。こんな時にまで体裁を気にせずにはいられないというのは笑うしかない。もっとも、一般の人には今の現状など理解しようがないだろうが。
しかし、犠牲が出ると分かっていて、みすみすほっておくわけにもいかない。
「…分かった。それはこちらから手をまわしておく。他に何かがあったらまた連絡をくれ。」
電話を切った咲羅は少し考え込み、再び受話器を取った。しばらくすると、若い男の声で
「どちらにおつなぎしましょうか?」
と、聞いてくる。それを待って、咲羅は口を開く。
「防衛庁の長官に。」
咲羅が言い終わると「しばらくお待ちください」という事務的な台詞の後に静かな音楽が流れ始めた。
一分ほど待つと音楽が止みそれと共に、先程までとは違う男の声が咲羅の耳に届いた。
「お待たせしました。私が防衛庁長官の長田です。何をさせてもらいましょうか?私に出来ることであれば何でもさせてもらいますが…。」
長田は相手がたかが高校生だというのに普段他の者に話し掛ける口調からは想像も出来ないような丁寧に応答する。おそらく、普段の彼を知っている人間が見たら、相手は天皇か、それとも何処かの大統領か、と思うに違いない。それでも、相手の名前を聞いたら、不思議がっていた人間も納得して頷くのだ。
彼が相手なのか、と。
そして、そんな口調に特に何も思うことなく、咲羅は話を切り出したのだった。






 話が終わると外で控えていた爺が障子越しに咲羅に声をかけてきた。
「用意が整いました。自家用機で関空まで行って、そこからジェットに乗り換えて松山まで行きます。それからは車で。」
「分かった。今行く。」
爺が下がったのを耳で確認すると掛け軸の後ろに仕掛けられている金庫を開け、中から小刀を取り出した。この小刀は柄があの 御神木で出来ている。いわば神剣の様なもの。
咲羅はその小刀を小さな袋で包み部屋を後にした。


 玄関にはすでに家中の者が、当主に見送りに集まっていた。咲羅が現れると一斉に頭を下げる。
「咲羅様、この中にとりあえず必要だと思われる物を詰めておきました。足りない物は向こうでお揃え下さい。」
「あぁ、分かった。あと、もしも愛媛の者から電話が入ったら俺の携帯につないでくれ。」
爺が頷いたのを確認すると咲羅は外で待機していた車に乗り込んだ。
咲羅を乗せた車が見えなくなるとそれぞれが己の仕事場へと戻っていったが、爺だけは玄関からもう見えなくなった車が消えたほうを言葉もなく見つめている。無意識にため息が零れ、すぐに空気へと溶け込む。
それは、若干十六で当主の座に着き、誰にも疑問を抱かせないほどに己を演じ続ける少年のためのため息だった。


 その後状況が変わったという連絡が入ったのは、咲羅が松山空港に着き、車に乗り込んだ時だ。突然鳴り出した携帯を取ると、
「愛媛の方につなぎます」
という言葉と共に先程と同じ男の声が咲羅の耳を打った。
「当主、早くいらしてください!女生徒が一人、一人飛び降りたんです!」
予想通りの一番聞きたくなった言葉に、咲羅の顔が一気に険しくなる。
「……!どうして!自衛隊は来なかったのか?」
「いえ、当主との電話を切ってから三十分程で来られて、不発弾がみつかったと学校を封鎖してくれました。その時は確かに 校舎に誰もいなかったんです。なのに…。」
「……それでその子は?」
「重体ではありますが、生きています。」
「そうか。それなら金はいくら使ってもいい、桜護りの名を出してもかまわない。絶対に死なせるな。」
力強い言葉に安心したのが電話越しに咲羅に伝わった。
強い言葉を必要な時に口にする。
それは上に立つ者の義務でもある。上が揺らぐことはすべての崩壊につながるのだ。上のものは何があっても揺らいではいけない。咲羅はこの地位に着いてから、当たり前のようにそれをこなしてきていた。
「ところで、そっちに空間を隔離出来る者はいるか?」
「隔離、ですか?一人では無理ですが、何人かで力を合わせればなんとか。」
「なら、自衛隊を追い出して、空間の隔離をしてくれ。これ以上なんかあったら困るからな。しんどいとは思うが頼む。」
「分かりました。やってみます。」
「なにかあったらまた連絡してくれ」
そう言うと咲羅は電話を切った。ため息と共に背をバックシートに預ける。
「後どれぐらいで着く?」
「一時間はかかると思います。」
「そうか、出来るだけ急いでくれ。」
眠気を感じた咲羅は、まるで逃げることのかなわない現実から身を守るかのように隅により固く目を閉じた。


第一話第三話




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