「ほら、あの子よ。あの、茶色の髪の毛の」
幼いころから自分の周りで繰り返されてきた台詞を、年を追うごとにその意味を理解し、そしてその分、固く心を閉ざすようにしていった。
「異人と作った子供」
「子供だけこの村に押し付けて、また男と出て行ったのよ、あの子の母親」
記憶の片隅にも残っていない母親という女は、偶然この村にやってきた異国の男性と身体を重ね、身籠った。そしてあまつさえ、その子供を生み捨てると早々にこの村を出て行ったのだ。他の男を追いかけて。
黒くない髪に瞳は、いつだって、その母親の所業を自分へ知らしめ、周りへと知らせるものだった。
いっそ山の中にでも捨ててくれれば、幼い子供のことだから死ぬことも出来たのに、衣食住を与え、飼い殺しのように直江は祖母に育てられた。何かと言えば母親の所業を口にする祖母。自分が生んだ子供こそが直江の母親だと言うことを認めなくないがゆえに、祖母は直江を憎んだ。
顔を見ることすら穢れると言わんばかりのその表情は、決して祖母一人のものではなく、この村の人々の気持ちを明朗に表していた。
一体何のために生きているのか。

それすらも分からない日々を変えてくれたのは、小さな手と瞳だった。村長が突然死を遂げ、村人が総毛だっている中での出来事だった。



「きらきらしてる」
村のはずれで佇んでいた時に、不意に聞こえてきた声に、直江は一瞬どきりとして声のしたほうを振り返った。そこにいたのは、小さな身体に喪服と分かる黒の紋付袴を纏った小さな子供だ。しかもその紋は、この村の村長の直系のみが身につけることの許されているものだった。
こんなところにいることなど許されるはずのない村長のただ一人の息子だと理解するのにそう時間はかからなかった。今頃きっといなくなった村長の跡継ぎを探して、村衆が走り回っているに違いない。
そんなあまりの事態に言葉が見つからずに呆然としている直江に、小さなその子供は、とてとてとさらに近づき、足元からまっすぐに直江を見上げた。
「髪、きらきらしてる。目もだ」
そう言ってまっすぐに伸ばされた手を思わず握ってしまったのは、物心がついて以来初めて、自分に向けられた暖かなものへとすがりつきたかったからかもしれない。自分よりも幾周りも小さなその子供が、やけに大きく見えた。
「お日様みたい」
そう言う自分のほうこそが太陽のような笑みを浮かべているのに気が付いてはいないのだろう。一生懸命に手を延ばして、きらきらと光る色の薄い髪に触れようとする。そんな動作に釣られるようにして小さな子供でも届き易いようにしゃがむと、さらに大輪の花が咲き誇るように顔をほころばした。
邪気も恐れも、忌みもあらゆる負の感情に染まっていないその瞳に、直江は目頭が熱くなるのを感じた。もう十数年、凍てついてなくなったと思っていた感情が一気に溶け出す。
「お兄ちゃん、泣いてる」
直江の心の中の動きを表現するように流れ出した涙に、高耶はまるで自分が痛いかのようにわずかに眉根を寄せて、それから小さな手で頬を包み込んだ。
「オレがまもってあげるから、泣かないで」



一体、そんな一瞬の出会いの何が、高耶を惹きつけたのか分からなかったが、やがて高耶を探していた村衆がやって来ても、高耶は直江から離れようとはしなかった。それどころこか、村衆の手から逃れるように直江に抱きつく。仕方がないと、直江を連れて屋敷に戻り、二人一緒に部屋に通されると、間もなく小さな高耶には散歩が堪えたのか、直江の腕の中ですやすやと眠りについてしまった。
その無防備な寝顔を見て思ったのだ。
村衆たちが今回のことをどのようにみなし、どのような判断を下そうとも、もう、悔いはない。自分には関係ない。己のすべてをこの手の中で眠る高耶に捧げようと。

そう固く心に思った直江に下されたものは、思いもよらないものだった。末席とはいえ、仰木の家の紋を羽織ることを許され、そうして、何よりも高耶の子守としてそばに仕えるように、と言われたのだ。
それを告げるときの村衆の顔が、醜く歪むのを直江は決して逃さなかった。
この判断には裏がある。それを如実に告げるその顔に、それでも直江は、もう、自分には関係ないと、自分の主人となった小さな高耶の手に触れたのだった。




ー続くー


最近、亀のたぁちゃんと触れ合っているせいか、
筆が進むようになって来ました。
たぁちゃんのブログに来てくれている方、本当にありがとうございます!
もし、仰木家の事情でも出来そうな記事が上がった日には、
こちらのサイトでポツリと呟いてくださいませ(#^.^#)

で、白刃の恋
まだまだ誕生日を関係なさそうですが、ちゃんと関係ありますので、
最後までお付き合いくださると嬉しいですv

前話/書室へ/次話



SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送