彼になら
この命さえも捧げられると思った










誰もが見つめてくれなかったこの瞳を
綺麗だと言ってくれ
誰もが忌んだ髪に
小さくて暖かな手を
まっすぐに伸ばしてくれた

時が経ち
この想いが愛情から恋情に変わり
さらに深い恋と愛が入り混じったものへと変化しても
あなたに己すべてを捧げるのは変わらないから







だから
―― 高耶さん

その時が来ても
泣かないで欲しい



俺は
誰に望まれてでもなく

ただ自分の望みで
あなたからの白刃をこの心臓に受けるのだから

















「高耶さん?」
純和風の建てられてからそれなりの年数が経っているのが分かる、重みのある建物の廊下を、直江は主人の姿を探して歩いていた。
まだ、朝が早い。
どうしているかと思い部屋を覗いたら、布団が空っぽだったのだ。しかも、すでに冷え切っていて、抜け出したのはかなり前だと、知らせていた。
「高耶さん?」
ようやく広い屋敷の中で人の気配を感じた直江は、少し小走りに廊下を移動し、目の前の襖を開けた。
そこに見つけた高耶の姿に、直江はほっと安心して、高耶の邪魔にならないように襖を少し開けたままで部屋の外に正座をする。襖の隙間から見える高耶の気配は、これだけの距離をとっていても分かるほどに張り詰めている。張り詰めた気の行き先は、目の前に置かれている刀だ。
名を、紅(こう)という。
趣向の凝った柄に比べ、愛想のない鞘は分かる者がみれば、別の時代に作られた仮のものだろうと想像がつくに違いない。
そんな刀をじっと見つめていた高耶は、すーっと周りを取り巻く空気がわずかに変化したのを感じ取って、刀を手に取ると、すらりと、鞘から抜いた。刀に日の光があたり、反射した光が部屋の空気を切り裂く。
その光の潔さと鋭さにどこか心地よいものを、直江は毎回感じてしまう。そして、その心地よさの中に一片の懐かしさがこもる。
抜いた刀を斜めにかざし、刃紋を覗き込むようにして、目の前で動かして見せる高耶は、そこに直江がいることなど百も承知だろう。それでも、何も言うことなく、ただ刀を見つめる。
これがもし直江でなければ、高耶は刀を抜くことすらしないはずだった。高耶は直江以外の人間の前で刀を抜くことをことさら嫌がるのだ。その理由は誰も知らないが、高耶の言う事に逆らう人間など、この村にはいない。
だから、高耶に代が移ってから、この刀の抜き身を見たことがあるのは、直江と高耶、ただこの二人だった。
一通り朝日の下で刀を見つめた高耶は、やがて満足したのか、鞘に刃をしまうと、目の前に刀を置いた。
「直江」
「はい」
「季節はずれの台風が近づいているようだな」
「えぇ。結構大きいようです」
振り返ることなく声をかけてくる高耶の顔が、朝日の逆光でうまく見えない。
「村衆が高耶さんに用事があるそうです」
「朝食も取ってないのに、か?」
直江の言葉に、高耶はようやっと振り向き、正面から直江を見据えた。先ほどの刀に負けない鋭く曇りのない視線は、直江のこよなく愛するものだ。
「朝食は取ってからで構わないそうです。ですが、今日こそ装束の寸法を取らせろと」
やはりそのことか、と高耶は苦々しそうにため息をつく。
「別に適当で構わないと言っているのにな」
他人に身体を触られるのが好きでない高耶は、言うまでもなく触れずに出来ようはずもない寸法は出来れば、せずに済ませたい。だが、そうはいかないだろう。
「なんせ、50年に一度の祭りですから」
50年に一度だけ行なわれる祭りは、この村で何よりも大切なものだ。その祭りの主役である高耶の装束の手を抜くはずもない。
そう告げる直江に、高耶はもう一度ため息をつくと、刀を手に持ち立ち上がった。
「朝食は?」
「もう、用意できています。こちらに運ばせましょうか?」
「あぁ、お前の分もな」
一人で食べる食事は味がしないと、はっきりと言い切る主人に直江は小さく微笑を浮かべると、朝食をこの部屋に運ばせるために、いったんその場から退いた。


50年に一度の秘祭が台風とともにおとずれようとしていた。




ー続くー


というわけで、白刃の恋です。
なんだか、シリアスです。
でもどうしても!!!刀を抜く高耶さんが書きたかった(笑)
誕生日を関係なさそうですが、ちゃんと関係ありますので、
最後までお付き合いくださると嬉しいですv

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