直江太郎物語

第五幕


 「海だぁ〜。」
昨日、とうとう配られた全員の似顔絵つき写真攻撃で、とほほな、大人を背に譲だけが賑やかです。
初めて見る、屋敷のに庭の池よりも、途中で見かけた湖よりも大きな水溜りに、 どんぐり眼をさらに開かせて譲は飛び回ってます。
 「うわぁ、冷たいっ。あっ、さかな!」
足をつけて、引いては寄せる波に感嘆し、蟹を見つけては横歩きしながら、追いかける。
しゃがみこんだと思ったら、海水を舐めて、しょっぱいと大騒ぎ。
そんな譲を見て、千秋はため息を一つ、はきだします。
 「・・・譲、お前だけ元気なのな。」
千秋の情けない声が届いて、譲は不思議そうな表情で振り返りました。
 「どうして、皆は元気ないの?僕にはそっちのが分かんないや。」
 「どうしてって。行く先々で村人に指差されて、昨日に至っては名指しだったのよ?
  それで、譲君は何も思わないの?」
譲の言葉につぶれた千秋に代わり、綾子が尋ねます。
しかし、譲は首をかしげるばかり。
 「??・・・皆、親切にしてくれるのに、嬉しくないの?」
心の底からそう思っているらしい譲に、綾子も自分達が沈んでいる理由を説明するのを諦め、 直江の方に視線をやりました。
 「ところで、直江。どうやって島に渡るつもり?」
目の前に広がる内海。
その向こうにかすかに見えている目的の島。
まるで、御伽噺のワンシーンのようで、景色を楽しむために眺める分にはいいのですが、泳いで渡るには遠すぎます。
かといって、どこかで船を拝借しようと、周りを見回しても、港こそあっても、船のほうは影すら見えません。
 「そうだな・・・見えるところに船はないから、誰かに出してもらわなくてならんが、なんせあのしま・・・」
途中で直江の言葉が途切れました。その事を不思議に思って綾子と千秋は直江の視線の方を振り返ります。
そして、そこに現われた物の正体を大人が口にする前に、浜辺で一人遊んでいた譲が騒ぎ始めました。
 「あっ、船だ!今まで見たのよりずっと大きいけど船だよね?すごいなぁ、大きいなぁ。
  どこ行くのかなぁ。お願いしたら乗せてくれないかなぁ。」
譲が大きいと騒いでいるのは中ぐらいの大きさの海賊船です。とてつもない大きさを誇るわけではありませんが、見たことのないものにとっては驚異的な大きさであることに違いありません。
注目の的のその船は視線を感じているかは分かりませんが、四人の釘いるような視線の中を横切り、一番近くの港に滑り込んでいきました。
 「・・・あれ、乗っけてくれないかな・・・」
千秋が四人全員の心中を代弁するかのように呟きます。
港はあれども、船はない。
そこに滑り込んできた、一艘の船とくれば、早々見逃せません。
でも、何故船がないのか、と考えてみれば、今から自分達が行く鬼が島のせいなのです。
きっと、漁師達が怖がって船を陸に上げてしまったのでしょう。
そんな恐ろしい所に、金も持っていない人間をわざわざ連れて行ってくれるような酔狂な人間がいるでしょうか?
ましてや、相手は海賊みたいなのです。
莫大なお金を支払えるのならまだしも、今四人の懐は暖かいとはいえない状態。
だから、
 「・・・無理だろうな。」
という、直江の言葉に千秋と綾子はため息をはき出すことで、同意して見せます。
 「ちょっと、あんた達。」
しかし、そんなどよ〜んとした空気を吹き飛ばした者がいました。若い女の人の声です。
その声にひかれるように振り向くと、なんかえらい迫力のある女性が直江達の方へ向かってきているではありませんか。
知り合いか、とお互いの顔を見合わせますが、まさか今まで人ではなかった千秋、綾子、譲に顔見知りがいるはずはありませんし、直江にしても自分の家の周辺から出たのは今回が初めてなのです。それで、結局顔を見合わせるだけの直江たちのそんな様子に痺れを切らしたのか、先程よりもいらいらした口調でその女性はもう一度叫びました。
 「ちょっと、そこでキョロキョロしている四人組だよ。
  聞こえてるんだったら、何か返事をしたらどうなんだい?」
全く知らない人に、突然声を張り上げられて、普通に返事をしろ、と言う方がおかしな気もしますが、言ってる本人はそんな事お構いなしのようです。そのまま、四人の元までやってきて、一人ずつ顔を見つめてから、直江に手を差し出しました。
 「私は寧波。あんた、直江っちゅう、鬼退治に来たやつやね?」
有無を言わせない寧波の問い方に、直江は手を握り返しながら、頷きます。こんな状況でもきちんと握手をしかえす、というのはやはり高坂ばあさんの教育の賜物でしょうか?
 「そうか、間違ってなくて、ほっとしたよ。嶺次郎にあんたらを連れて来いって言われてね。
  付き合っておくれよ」
そう言うと返事も待たず、後ろを振り返って、
 「ちょっと、隼人。あってたみたいよ。今からそっち連れてくから。」
と、船の方に叫びました。やはり、彼女は船から来たようです。
そして、ついて来いとばかりに肩で風を切って歩き出します。突然の乱入者に戸惑いを隠せないまま、四人はつられる様に後をついていきます。
しかし、やはりと言うか、なんと言うか、譲だけは別格で、前を行く寧波の横までトタトタと走っていき、
 「寧波さん、あの船に乗っけてくれるの?」
と、、目を輝かせます。
はじめに聞くべきなのはそこではないような気もしますが、確かにそれも大きな疑問のひとつではあります。
 「何、坊や船好きなのかい?」
 「う〜ん、どうだろ。乗った事ないから、分かんないや。でも、乗ってみたいんだ。」
 「それはよかった。島に渡るには船を使うしかないからね。」
譲の素直な返答を快く思ったのか、寧波は小さな弟を見るような表情を浮かべています。
 「そうなんだ。じゃぁ、あの大きな船に乗ってもいいんだね?なんていう名前なの?」
 「名前?あぁ、船のね。白鯨っちゅうんよ。」
 「それで、」
お話中失礼、と二人の会話を後ろから止めるものがいます。
 「その白鯨でしか行けねぇって島は鬼の島なんだろ?
  お姉さん達さぁ、何者なわけ?ちょっと、怪しすぎるんだよねぇ。」
しかも、直江の名前だけ確認して、残りの俺達はグリコについてくるおまけじゃねぇんだよ、と千秋がぶちぶち。
どうやら、寧波の正体が知れないことより、自分の存在を無視されたのが、不満のようです。それを隣で聞いて、綾子も、
 「そうよ。千秋はオマケどころか、余りものかもしれないけどさぁ。」
と、同意して頷いて見せます。
 「おい、綾子!お前、それは失礼だぜ。
  それにな!この俺様が余りならお前なんか、余りものにもなれなかった不良品だろ、不良品!」
 「なんですってぇ!!」
話がどんどんずれていく二人に直江はいつも通り、ため息をつき、寧波はおもしろそうに見学しています。どうやら、こういうのりが嫌いではないようです。しかし、一向に留まる事のない喧嘩にいつまでも見ていられないと、直江のほうに視線をずらしました。
 「私、というか、私らのことは隼人にでも聞いて欲しい。」
 「隼人?先程も言ってましたよね?どなたなんですか?」
 「白鯨の兄弟船、白鷹の船長で、今日は私らのトップの代理として、そこまで来てるんよ。
  だから、知りたいことは隼人に尋ねとくれ。」
私の独断では何も言えないと、寧波が言っているうちに四人は船のところまで、辿り着きました。
寧波に促されるままに、船に乗り込みます。
そこに、黒い髪を後ろに流した、男がやって来ました。
 「・・・おんしが直江か。」
男は迷うことなく直江の元まで来て、不躾なまでの視線で見てきます。
 「わしは隼人。兵頭隼人だ。
  今日は首領の命でおんしらを赤鯨島へ連れて行くためにここに使わされた。」
 「赤鯨島?どこだそれは。」
 「あぁ、鬼が島、と外にやつらは呼んじょるらしいな。」
自分達の住処を、勝手に鬼の島にされたことに憤りを感じているのか、はたまた元からなのか、目は冷え切っていて、言葉は鋭い矢のように飛んできます。ですが、見る限りでは感情の制御が強そうですから、何かを感じて冷えた目をしているのではなく、きっと元からこういう人なのでしょう。
 「それで、その赤鯨島とやらから、どうして迎えが来たりする。」
言外に自分達はその島の征伐に来たのだ、と告げます。それに対して、兵頭は、
 「それは島で、首領から話があるだろう。」
と、この場で答えるのを避けました。
この二人、どうも相性が最悪らしくて、きちんと筋道の通った会話をしているのですが、二人の間には冷たい空気が張り詰めています。お互い、目をそらすことなく睨むように会話を続けるので、周りの人間は息が詰まる事この上ありません。
 「それで、来るか?それとも帰るか?」
船の上まで呼びつけておいて、それはないと思うのですが、兵頭のほうは別に何も思ってはいないようで、帰るといえば、四人を船から降ろして、出立する気のようです。
乗せていってもらえる、しかもただで。
それは非常にありがたい話なのですが、直江は何故かこの男に素直に「乗せてくれ」と、頭を下げる気にはなれないのです。
この直江にとって不可解な感情は、同族嫌悪つまり、似たもの同士はそりが合わない、というものに一番近いのですが、おそらく、気付いてはいないでしょう。
とにかく、この男に借りは作りたくない、それでもここで頼まなければ、島には行けない、と直江は一人悶々としているのです。
 「ちょっと、直江。」
とうとう、いつまでたっても返事をしない直江に痺れを切らして、綾子が直江の服を引っ張りました。
 「連れて行ってもらわないと、島に渡れないでしょ。早く返事しなさいよ。」
 「そうだ、直江。俺もあんまりこいつ好きじゃないが、それしかない。
  なに、お前が少し我慢して、少し頭を下げれば済むんだ。早くしちまえ。」
 「・・・お前ら他人事だと思って・・・」
二人のいいかげんな催促の言葉に、直江はそう呟きますが、それを聞いた二人はさらに楽しそうに、
 「他人事じゃん、だって。なぁ?」
 「そうそう、頭を下げるっていう事に関しては、このお兄ちゃんは直江に聞いてるんだし?」
と、笑います。
兵頭が、目の前でなにやらこそこそと話をする自分達に不審そうな視線を向けているのを感じて、直江は嫌々顔を上げました。
 「・・・・・・連れて行ってくれ・・・・・・」
人に物を頼む態度ではないと、後ろで見ていた綾子は直江を突付きます。しかし、やはり訳なんか判らないのですが、これ以上この男に対して、折れるのはプライドが許さないのです。
二人は先に視線をずらした方が負けと言わんばかりに、睨みあいます。
   「・・・おい、寧波。船を出してくれ。ついてくるそうじゃ。」
先に沈黙を破ったのは兵頭です。自分の仕事を思い出したのでしょう。
 「あぁ、分かった。青月、他の連中にも伝えといで。」
兵頭から要請を受けて、寧波は我に返り、後ろに立っていた青月と呼ばれた女性ともに船室の方に消えていきました。
それを見届けてから、兵頭は、
 「おんしらは、右手にあるドアから中に入ってくれ。すぐのところに一応の客室がある。」
と、言い置いて、背を向けます。
そして、そのまま去ろうとするのを今まで静かだった譲が飛び出して、止めました。
 「ねぇ、お兄さんの白鷹はどこ行ったの?」
突然隣に立たれて、しかも好奇心満々の瞳を向けられた兵頭は反応に困ります。もちろん島にも子供はいますが、兵頭はその威圧感から敬遠されがちなので、あまり小さな子供とは話したことが片手で足りるほどしかありません。
 「し、白鷹は島におるが・・」
 「そうなんだ、じゃぁ、きっと寂しがってるね。」
 「寂し・・・?」
譲には兵頭もたじたじのようです。
それを見ていた乗組員の女性達は、声を殺して笑っています。


こうして、島に辿り着ける事になった四人の旅は終局へと近づいていくのです。
船の上を一匹の大ガラスが待っているのに気付かずに・・・

はい、第五幕です。どうだったでしょう??
なんか、今回は色々と人が出てきましたvvv

さてさて、次回は終幕の予定です。
↑推測と言う名の希望(苦笑)
譲や、千秋の事情。
船の後をついて行くカラスの正体。(笑) そして、高坂の狙いは何のか。

・・・あれ?次回じゃ終わんないかも・・・

第六幕に続く
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