直江太郎物語

第六幕


  「首領、兵頭さんが帰って来られたがです。」

直江たちが赤鯨島についた頃、島の中央部に位置する建物の最上階では、首領である嶺次郎が一人の青年とともに、昨日新たに持ち帰られた新聞を見ていました。今回のは前回の予告どおり、全員分の顔写真が載っていて、その仕事っぷりに感心半分、呆れ半分で新聞を眺めていたのです。

 「わかった。」
ドアの外で直江らの到着を告げた隊員に返事をし、嶺次郎は一緒に新聞を見ていた青年の方を向きます。
 「仰木、おんしも来るじゃろ?」
 「えっ?」
 「・・・・・・やっぱ、おんしこの男が気になっちゅうがか?」
嶺次郎は何事にも無関心で感情の乱れなど見せたことのなかった高耶さんの変化に気付いていました。前回の新聞を見せてからどうも、上の空だったり、と様子がおかしいのです。
今だって、新聞に見入っていたの違いありません。ですが、こういう場合たいていそうなのですが、本人には全く自覚がないから他の人に指摘されても何のことだか分かりません。
   「何の事だ?」
今もこうして、訝しげに聞き返してきます。
嶺次郎はなんでもないと、ため息をついて、
 「兵頭が帰ってきたそうじゃ。おんしも来い。」
と、歩き出しました。


 「おう、兵頭に寧波、ご苦労だったな。わざわざ行かせてすまんかったの。」
 「かまやしないよ。どうせ、誰か行かんならんかったし。」
何も言うつもりのなさそうな兵頭の分も寧波がそう笑います。
 「ところ客人の姿が見えんようじゃが・・・」
 「あぁ、小さい子が酔ったとかで、青月に見てもらってるんよ。もう、来ると思うんやけど。」
 「あっ、あれか。確かに瓦版通りの顔ぶれじゃぁ。」
嶺次郎の言葉に高耶さんは顔を上げました。すると、向こうから来る人たちも何かを言われたようで顔を上げたので、その中の一人と目があってしまいました。目があったのは少し色の薄い髪に瞳、そして背の高い男の人です。
高耶さんは視線をずらそうとするのですが、顔どころか指一本さえまともに動かせず、何かに魅入られたかのように固まってしまいます。
一方、直江の方も突然目の中に飛び込んできた一人の青年に目を奪われていました。今まで、他人に必要以上に関心を抱いた事のない直江にとって、それはひどい驚きです。高坂ばあさんも黒髪黒目ですが、あんなのとは比べ物にはならない。いや、比べる事さえも失礼だと、直江は心の中でこぶしを握ります。
周りに人がいるのも忘れて、直江は自分を一瞬で虜にした青年に向かって一歩一歩足を繰り出し、距離を縮めていきます。
時間の流れがこんなに遅く感じた事はありません。彼の元に行くと言うこと以外は息をする事さえめんどくさく感じられるぐらいです。
 (これは運命の出会いに違いない!)
そう、直江は本気で思いました。どうも、一人でぶっ飛んでいるようです。
しかし、そのまま美しく理想的な出会いを演じるには、脇役が適切ではありませんでした。あまりにも自己主張の激しい人ばかりなのを直江はすっかり失念していたとしか言えません。

 「高耶ぁ〜」
二人の間で止まったかのように思えた時間は、譲の叫び声で通常の世界に引き戻されてしまいました。まさか、自分がそんな大役をなしたとは思っていない譲は先程までの船酔いもなんのその、高耶さんめがけてまっしぐらに駆け出しました。
 「高耶ぁ、やっぱここにいたんだぁ。」
高耶さんのそばまで走り寄ると直江が凍ったのに気付かずに抱きついて、もう一叫び。
しかし、高耶さんのほうは自分より一回り小さそうな少年に見覚えはありません。突然の事に驚きを隠せない高耶さんに嶺次郎は「知り合いか?」と、尋ねてきます。それに首を横に振って答えて、しがみついてくる少年をやんわりと引き剥がしました。
 「・・・ごめん。・・・・・・誰?」
言いずらそうに一度視線をずらしてから、尋ねます。
 「えぇ〜、三年間も一緒に暮らしてきたのにそんなのひどいやぁ。高耶が僕を拾ってくれたんだろう!」
譲の言葉に、譲が元は犬だった事を知っている直江に、千秋、綾子は高耶さんが譲の飼い主だったのだと気付きます。しかし、そんな事は全く知らない他の人間には何がなんなのか、さっぱり分かりません。それでも高耶さんは思い当たる事があったのか、先程よりももっと驚いた表情で譲を見つめ返していました。
新聞に載っていた名前、それに見覚えがあったのです。
 「もしかして・・・弥勒んとこで拾った譲?」
 「あったりぃ〜!高耶さ、冷たいんじゃない?
  僕に何も言わずにいなくなっちゃうし、再会しても気付いてさえくれないし。」
顔を膨らます譲に高耶は「ごめん、ごめん。」と、笑います。
 「・・・仰木、そのボウズおんしの知り合いか?」
高耶さんが分かっても何も状況が変わらない嶺次郎です。
嶺次郎の言葉に「ボウズ」じゃない、と叫ぶ譲を片手で止めて、高耶は譲を紹介します。
 「こいつは譲って言ってここに来る前の唯一の友達。」
 「・・・友?友なのに、おんしは顔を見ても分からんかったのか?」
 「あのな、嶺次郎。譲ってのはオレが拾ってきた子犬の名前だ。
  譲は四年前に拾った時から分かれる一年前まで正真正銘の犬だった。」
 「犬?だが、わしには人の子にしか見えんが・・・。
  もしかして、わしらが外界に出ない間に犬とはこういうものになったのか?」
そんな報告は受けてないが、と本気でボケている嶺次郎に高耶さんは苦笑します。
 「んなわけないだろ。譲の姿が犬から人間になってたからオレには気付けなかったんだよ。」
高耶さんの言葉に「ははは、そうだよな。」と、乾いた笑いを漏らし、頷きます。ますが、どうも納得がいきません。自分が外に出ない間に犬が人間の姿をしたものをさす事に変わっているのもありえないような話ですが、それ以上に犬が人間に変わるなどという事がありえるのでしょうか?
   「仰木さん、その犬がどうして人の姿をしているんじゃか聞いてもいいですか?」
嶺次郎の声を掻き消すようにして声を出したのは今まで黙っていた兵頭のようです。
しかし、聞かれても高耶さんに答えられるはずがありません。なんと言えばいいのか分からない高耶さんは言葉が出てこなくて、困って右手の人差し指で頬を掻き、斜め上を見上げました。

そして、直江は、というと高耶さんのそんな姿を見て、一人胸をときめかしていました。
 (あぁぁぁ、なんて可愛い困り方をするんだ!!)
なんかすでに遠い所へ旅立ってしまったよう直江はひとまず隅に行ってもらって状況は先に進みます。

 「あぁ〜、それについては俺様から説明させてもらうわ。」
困ってる高耶さんに変わって手を上げながら、そう言ったのは千秋です。
 「おんし、確か・・・・・・」
 「おっ、この千秋様の名前知ってるって?いやぁ、人気者はこれだからつらいんだよねぇ。」
しみじみと頷く千秋を後ろから綾子が制裁を入れます。
 「いってぇ!綾子、捻んなよな!」
 「あんたが馬鹿な事ばかり言うからでしょう!
  えっと、あなたが首領の嶺次郎さん?」
 「そうじゃが・・・」
 「そう、今日はわざわざ迎えの船を寄越してくれてありがとう。
  とりあえず、自己紹介しちゃうわね。新聞に載ってる事だけがすべてじゃないし。
  私は綾子。今バカを言ってたのが、千秋で、後ろでボケてるのが直江。
  それで、一つ付け加えるのなら、譲君が本当は犬なのと同じで、私は雉。そして、千秋は」
 「さすらいの猿だ!」
千秋が綾子の言葉を横から奪い胸を張ります。しかし、綾子はそんな千秋に冷たい視線をやり、
 「さすらい?なにそれ、あんたってバカだとは思ってたけど、センスもバカだったのね。」
と、ため息混じりに言い切りました。
 「うるせぇ、さすらいって言葉にはなぁ、なりだけでも女をやってるような奴には分かんねぇ、
  男のロマンってもんがあるんだよ。」
それに、負けじと千秋が言い返します。普段ならこのまま言葉によるデスマッチが始まるのですが、不意に声があがった事で急停止です。
 「おい、もしかして、千秋ってあの千秋か?」
 「あぁ?おっ、高耶か。無事に辿り着いたみたいだな。」
一瞬邪魔をするのは誰だと、にらみをきかせた千秋ですが、声の主が高耶さんだと分かると表情を軟化させました。その様子はまるで弟に接する時のそれと似ています。
 「あぁ、ありがとな。」
二人はほのぼのとこのまま世間話を始めそうな勢いで、そんな二人に反応したのはようやくこっちの世界に戻ってきた直江です。
 「千秋、お前もこの方と知り合いなのか?」
すでに高耶さんを「この方」と呼ぶところまで行っちゃってますが、とりあえずそれには気付かないで、千秋は軽く首を振りました。
 「まぁな。二三日寝床を一緒にして、この場所を教えてやったんだ。
  あの後、ちゃんと辿り着いたか気になってたんだ。着いていてよかったぜ。」
 「・・・ねぇ、じゃぁ、高耶が帰ってこなくなったのは千秋のせいなわけ?」
 「いや、どちらにしても仰木は帰らんかったじゃろ。
  それより、どうしておんしらがこの島の外で人の姿をしていられたのか話してほしんじゃが。」
 「ちょっと、おじさん、それよりって僕にはそんな事より、高耶の方が大切なのに失礼なんじゃない?」
みんながみんな、知りたい事に言いたい事を一斉に口にするから大騒ぎです。このどうしようもなくなりつつある状況の収拾をつけたのは、どこからともなく現われたのほほんとした男の人。
 「そげん、みんなで一気に言っても話し合いにならんですよ。」
決して声を荒げたわけではないのに、一瞬で静まり返ります。
 「中川・・・」
どうやら、この男性は中川というようです。白衣を着ているところからして、お医者さんでしょうか?
 「確かにおんしの言うとおりじゃ。」
それにしても、神出鬼没じゃなぁ、と感心しながら頷く嶺次郎に続いて、
 「そんじゃぁ、最初俺が話していた話の続きからでいいな?」
と、全員の顔を見ながら、千秋が尋ねます。それにそれぞれが頷いて、ようやっと話が始まったのでした。


それを、上空からカラスが見学していますが、彼が参加するのはまた次回。
とにもかくにも、鬼の島で話は進んでいくのです。

はい、第六幕です。どうだったでしょう??
・・・はい、分かってます。
終わりませんでしたぁ・・・あぁぁぁ、予告破りです。すみません。
終わらせてもよかったんですが、そうなると大幅に削らないといけなくなるか、
普段の倍ぐらいの量にするかを選ばなくてはいけなくなって、結局分ける事にしました。
すみません・・・今のいい訳です。

まぁ、というわけで次回こそは・・・
怖いから予告も中途半端で終わらせておきましょう(笑)
ではでは・・・

第七幕に続く
五味箱に戻る

SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送