ふいに、泣きたくなる事がある。

ふいに、叫びたくなることがある。

ふいに、走り出したくなる事がある。

ふいに、鼓動するこの心を強く意識することがある。

ふいに、その鼓動を愛しく思うことがある。


そしてふいに、浮かんでくる情景がある。


光と緑に溢れ、柔らかな空気に包まれたそこ。

その向こうにかすかに感じる誰かの眼差し。

温かくて、泣きたくなるほどに優しい、微笑み。


















さらさらと降り積もる光の道標








「また見てるのか?」
呆れているような、からかうような声を後ろからかけられて、青年はゆっくりと振り向いた。
青年に声をかけたのは、青年よりも一回りは年上であろう男性だ。きっちりとしたスーツを着込み、それでいて少しも硬い雰囲気を与えてはいない。かといって軽いのでもなく、優しすぎるのでもなく、独特な空気を男性は漂わせている。
「あぁ。今日のうちにこの絵をしっかり刻んでおきたいから」
そんな男性に答えた青年は、まっすぐで強い光を湛えた瞳が印象的な青年だった。パッと見れば、漆黒に見えるその瞳が本当は僅かに赤味がかっているのを知っているのは、青年と親しい一部の人間と、彼を本気で怒らしたことのあるごく一部の人間だけだ。
彼は、話し掛けてきた男とは違い、どこか硬質で透明な空気をまとっていた。
「本物を見に行く人間が、何を」
器用に喉の奥で笑い声をあげて見せながら、男は彼を知っている人間ならば、皆そう思うに違いない返答をする。
男の言葉に、青年は「まぁ、そうだけど」と、小さく肩を竦めてから、再びホログラムを見遣った。
「オレが見てきたのは、この桜だから」
青年につられるようにして、男も青年の向こうへと視線を転じる。
すると男の視線を感じでもしたかのように、ざぁっと風が流れた。それにあわせて桜の大木から桜の花びらが舞い上がる。舞い上がった花びらは、そのまま大空へと溶け込み、視線の先ですーっと消えていく。
「確かに、このホログラムがこの星では一番うまく再現してあるって言われているからな」
消えた花びらを探すように目を細めて、男はそうごちる。
実際“桜”と言われて男が思い浮かべるのは、恐らくこの星に暮らすほとんどの人間がそうであるように、このホログラムによって描き出された桜だ。一年中咲き続け、散り続けるこの作り物の桜。
地球からノアの箱舟よろしく、あらゆる動植物をこの星へと持ってきたが、どうしても地球以外では根付かなかった唯一の植物が、桜だった。だから、この星にも他の居住星にも本物の桜は存在していない。本物の桜が咲き、空へと舞うのは、人間の故郷である地球上だけ。
それでも桜に焦がれて大昔の人間が、このホログラムを作ったのだ。永遠に枯れないこの桜を。
だが、枯れもしない植物などナンセンスだと思っている男の皮肉を混ぜた台詞に、青年は苦笑して、桜の花びらに触れようとするように手を伸ばした。
「それもあるけど、この桜、懐かしい気がするんだ」
なんでそんな気持ちになるのか分からない。理由を探ろうと思って手を伸ばしてみても、今触れたこのホログラムの花びらが掌に残らずに霧散してしまうように、儚く散ってしまうのだ。
そうして、儚く散った後には泣きたくなる程の切なさが込み上げてくる。まるで、その向こうにひどく大切で綺麗なものがあったかのように。
「だから、地球に行くんだろ?」
花びらを霧散させてしまった掌を胸元で抱きしめる青年に、男はふっと目元を緩めた。
「その気持ちを確かめたいから、学者になったんだろう?」
桜と言う、今では本物を知る人のほとんどいない、植物を実際に目にするために。
それは、子供の夢物語のようなあまりにも非現実的だった。なんと言ってもこの地にすでに桜はない。桜を実際に知っている人間もすでになく、桜を愛でるという風習すらも廃れているこの世界なのだ。植物学者の一部が、地球では今も咲き誇ると言う桜に興味を持っている程度。それも本物を見た人間はいないといっても過言ではない。そんな中で桜に興味を持つと言う事自体が、異例だとさえ言える。
「あぁ」
青年は、男の言葉に強い視線で頷いて見せ、満開の桜をゆっくりと見上げた。









時、新暦1000年。
すでに人類が地球と言う一つの星に縛りつかなくなって、久しい。始めこそは、希望と夢に溢れていた他惑星移住計画は、終盤では極限まで破戒された地球環境から逃げ出すための、現実とエゴの計画へと変わったと言う。
計画の当初、金のある上流階級だけが移れるはずだったのだが、そんなことも言ってられないほどに地球は疲弊し、そうして他惑星の開発とともに船の進歩も進み、望めばほとんどの人間が、移れるようにまでなった。それは日進月歩というのでもまだ足りないほどの、まるで地球が害虫である人間を追い出すために、智恵を授けているかのような進歩。
そのおかげで、ほとんどの人間が宇宙へと新天地での暮らしに逃げ出せた。汚染された水に空気、広がっていく砂漠におびえることない生活が地球から飛び出した彼らには、与えられた。そうして残ったのは、疲れ切った地球と出て行くことを口に出すこともできなかったような人々と、そうして自ら望んで残った人間。
彼らは、外へ出て行った同類たちが新しい生活に浮かれている間に、地球との共存の道を見つけ出し、独自の生活様式を生み出していった。地球も元々多すぎる人間に辟易していただけだったのか、人数が減ると驚異的な回復力で、再び豊かになり、その様を目の当たりにしたそこで暮らす人々はそんな自然を慈しみ、崇拝するようになる。それがやがて、“さくら教”と呼ばれる、かつての日本という国の神道に乗っ取った新たな信仰になっていく。
”さくら教”のこともその他のことも、詳しいことは地球の外には伝わってこないのだが、自然を信仰し、最低限の電力にしか頼らず、基本的に人の手によって物が作り出されるその暮らしは、まるで産業革命前の世界のようだと言われている。地球外での人工の力に頼ることなしに生きることの出来ない人々には想像も出来ない世界だが、そんな生活を厭うような人間は、それこそ初期にこの地球から去っていった。

外に出て行った人々がそんな風に発展していく地球に気が付いたのは、新たなる惑星ので暮らしがあたり前になった頃だ。すでに地球の大気を知る人間がいなくなってから、彼らは地球に残った人々がいて、彼らは彼らで暮らしているのだと言う事実にようやっと光を当て始めた。
始めこそは、そんな地球も今この新しい星を取り仕切っている勢力の下に組み込むべきだと言う案も出たが、どういうわけか、それが表に上がる前、地球の代表者に新たな星の支配者が会いに行ったっきり、話は霧散したと言う。それは、暗示にかけられた様だったともいわれているが、どちらにせよ昔のこと過ぎて、誰にも本当の事は分からない。
だが、明らかな力の差にも拘らず、今でも両者のバランスは取れたままで、さらに地球を守ると言う名目の元、外から地球へと移り住むことは認められていない。観光でさえも地球側からの許可が下りなければ無理なほどなのだ。


「地球、か」
闇も光もない宇宙空間の向こうに見える、宝玉のごとく、地球はその日もこの星の夜空を彩っていた。






2万ヒットのリクエスト小説、「さらさらと降り積もる光の道標」です。
長い。題名が長い(苦笑)
中身は、読んでいただければ分かるかと思うのですが、
最終巻のその後のお話です。
おそらく好き嫌いがあるのではないかな、と思います。
原作が終わったのだから、それを敢えて弄る必要はないと。
ですが私は、リクを貰って、こうして自分で書くことが出来て、
よかったと思います。
まぁ、まだ書き終わってないんですけれどね(笑)
自分の中で納得のできるお話にしたいです。
よければ、皆さんの感想もお聞かせくださいませv

*なおこのお話は、夏弥様のHPにて少し早く連載開始してもらっています。


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