恋 語 り

第一夜


さてさて、紳士淑女のみなさま、今夜もお楽しみでございましょうか?
こんな晴れがましい場所にこんな老いぼれが現れましたのも、このきらびやかなお城に伝わる恋物語を是非ともお伝えしようと思ってのことでございます。

えっ、そんな話はいらないって?

まぁまぁ、そう言わずに聞くだけでも聞いてみてくだされ。
ちょっと変わった恋物語でございますから。
どれぐらい変わっているかというと、そうですね。
一つだけヒントをお与えするとしたなら、それは男同士の恋物語となってしまったという事でしょうかね。
あぁ、でも、どちらも見目麗しい方たちだったので、ご安心を。 彼らが二人並び立つその風景は社交界中の女性達も溜息をつくしかなかったとか。
それでは、前置きはこれぐらいにしておきまして、お話に入りましょうか。

昔、昔のお話でございます。




          ****    ****    ****


「今日の女は駄目だな」

某帝国のある夜のパーティで、男、直江信綱は溜息をついた。
毎夜毎夜浮き名を流す彼は、今日も今日とて、一夜の相手を捜すために舞踏会に来ていた。
今日はいつもとは違うところに足を運んできたのだが、それが悪かったのか、それとも他の所で開かれている仮面舞踏会の方に人が流れたのか、こちらのパーティにはめぼしい女性がいない。
だいぶお年を召された方が多く、年頃がちょうどよくても顔がいただけない。顔がいただけると思えば、年が若すぎる。一人可愛い子がいたのだが、その子はあまりにも若すぎた。
遊び慣れている直江だが、相手にするのは妙齢の女性ばかり。
それは互いに遊びだと割り切れていないと困るからだ。
社交界の今のはやりはすでに結婚をした女性の浮気相手となることだった。浮気は少しスリルのあるお遊びで、していて当たり前だと思われている節がある。
もっとも、男の方は未だ結婚の”け”の字すら考えていない。根っからの遊び人だ。

「今からでも向こうに移るか・・・」

声をかけたそうにしている女性陣を後目に、直江は腕を組んで考え込む。
このままだれも捕まえられないのなら、向こうに移った方がいいかも知れない。このままでは、今夜の相手を見つけられないかもしれない。
そう思って、くるりと背を向けたとき、偶然一人の青年が目に入った。
彼はいつものとおり、周りに誰一人連れ添わせず、壁にもたれていた。

直江が青年に初めて会ったのは一月ほど前の事だ。もっとも会ったと言うよりは見かけたと言ったほうが正しいが。しかしそれ以来、彼の事を考えると無性に落ち着かない。苦虫を噛んでいるような気がしてくる。
毎夜毎夜こんな場所に姿を現し、社交界で知らない人はいないと自負している直江にも、素性のわからないこの青年は、社交界に置いて全くの異彩を放っていた。
人を人とも思わない冷たい瞳。
にじみ出る倣岸さ。
それは、堕落しきり、腐敗すらも始めているこの社会であまりにも澄んでいるからだと後になって気がついたが。
その事に気が付いてからも始めて会った時の印象は拭えずにいる。何があったわけでもなかったが、無性に気に入らないと思った。自分とはまた違う魅力を有する彼だからそう思ったのではない、もっと心の底から湧き上がる“何か”が原因だ。

それにしても、綺麗な顔だ。
直江は今さっきまでこの会場を後にしようと思っていたことも、気に入らないのだと思っていたその事すらも忘れて、そう思わずにはいられない。
すらっとした手足にきゅっと締まった腰。それらを際だたせるような真っ白なシャツに黒いズボン。特に装飾の着いていないその服装が逆に彼を魅力的なモノにしていた。
そして、何よりも目を引くのはその青年の漆黒の瞳だった。きつい目元に、硬質な光を讃えた瞳。
どこか退廃した雰囲気のあるこの世界で、彼の瞳だけはやはりいつものように生きているように思える。
少し肉厚の唇も彼の強い意志を示しているようで魅力的なのだ。
そんな風に、知らず知らずに青年を見つめていた直江だが、その視線に気が付いたのか、青年はふいに直江の方を振り返った。目があった瞬間に思いっきり睨み付けられる。
すぐに何事もなかったように視線は逸らされたが、逆に直江の方はもう、視線をはずすことなど出来なくなっていた。睨み付けてきた炎が宿ったような瞳に金縛りにあったかのように動けなくなる。
いつだって、傲慢なほどの視線で人をひきつけ、縛り付ける。もしかしたら、そんなところが気に食わないのかもしれない。
何も考えられなくなった頭の端でそんな事を思っている直江の視線の先で、一人の少女が青年に近づく。それに気が付いて、青年はふわっと優しい笑みを浮かべた。
いつも一人でいる彼からは想像が出来ないような微笑み。
嬉しそうに微笑むその顔は慈愛に満ちている。

その笑顔を見た直江は雷に打たれたような衝撃を感じた。
そしてその瞬間、直江はどうして彼があんなに気に食わなかったのかを理解した。
自分の事を見てくれない彼に焦れていたのだ。
それは、そう。つまり彼に恋心を抱いていたと言う事。
彼の中でだけ芽生えていた恋は自覚する事で順調に成長していき、あっと言う間に膨れ上がる。膨れ上がっていく想いに、熱い溜息が漏れた。

(コレは、運命に違いない)

女性との浮き名を流していたのも、なんのその。彼を苦々しく思っていたことも、全てを都合よく忘れ去って、そんな事は何の関係もないとばかりに彼を見つめる。
見つめれば見つめるほどに、想いは大きくなっていく。
そしてさらに、周りの人間は完全にシャットアウトした直江は、相手が男だと言うことすらも完全に切り捨ててると、少女と楽しく笑いながら語らっている青年の元に自信満々に歩を進めた。そこには、ずっと見るだけだった彼に初めて声をかけるという気負いすらもなかった。

だてに遊び人を名乗っているわけではない。
外見にも肩書きにもその他喜ばせるためのあらゆる手にも通じている自信もある。自慢ではないが、未だかつて女性に振られたことはなく、また自分との一夜を心待ちにしてくれている女性も多いのだ。

数多くの女性の視線を引き連れて、直江は青年に向かう。
確かな目的を持った直江の足運びにあたりにざわめきが広がる。

(直江侯爵、今日のお相手を見つけたようよ)
(どなたかしら、一晩だけでもいいから私も選ばれたいわ)
(そんなのこの社交界の女性なら誰でもそう思うのよ。あの年で侯爵位を継いで、それにあんなに素敵なんだもの)

どこからともなく聞こえてくるそんなざわめきに気が付いて、青年と青年のそばにいた少女も顔を上げた。
少女の方は驚いて青年の後ろに隠れ、青年は後ろの少女を守るように鋭く直江を睨み付ける。
その澄んだ視線の鋭さに直江はまたしても見惚れ、その至上の玉を手に入れてみたくなる。
いや、絶対に手に入れてみせる。

パーティー中の視線を集めて、直江はゆっくりと思わせぶりに青年の前まで行き、正面で立ち止まると優雅な仕草で礼をした。

「一曲お願いできないでしょうか?」

静まり返った会場に、低いテノールの声が響く。
女性であれば、思わず溜息をついてしまうような声色に、青年はキッと瞳に力を入れ直江を睨みあげた。

「他を当たるんだな」

こちらの声もまた、直江とは種類の違うモノの、聞き惚れるに値するだろう。
想像したとおりの凛とした辺りによく響くその声に直江はさらに想いが深まるのを感じる。どちらかと言えば乱暴な想いが突き上げてくるのだ。

(この声で自分の名前を呼ばせて、啼かせてみたい)

しかし、そんな妄想も続いた青年の言葉に遮られた。

「あんたのような遊び人に、美弥は渡せない」
「・・・え?」

美弥というのは青年の後ろにいる少女のことだろう。
ここに来て、ようやっと彼女が先ほど顔は可愛いが年齢が足りないと思っていた少女だと言うことに気が付いた。
とすると、彼女はこの青年の恋人なのだろうか?
驚きの声を上げたきり考え込んでしまった直江に青年は先ほどまでのきつい瞳を不意に弱らせる。

「・・・?違うのか?」

どこか戸惑っているような声色と瞳に思わず頬がゆるむ。

「侯爵?」
「あっ、すみません」

思わず見惚れてしまいましたという言葉を飲み込んで、直江は青年の方に改めて向き直った。

「一目惚れしました、今夜付き合ってくださいませんか?」

低い声がホールに響き、辺りが静まり返る。その場にいた者全員が事の成り行きが気になっているようだ。
社交界をいつも賑わせている若き侯爵がよりによって男性に声をかけたのだから、それもしょうがないだろう。もっとも人からの視線に慣れている直江はそんなことは気にしない。にこにこと嬉しそうな笑みを浮かべたまま、青年の返事を待っていた。
そして一方の青年はと言うと、一瞬言葉の意味が掴みきれずに、思わず頭の中で辞書を引き、それからどうやら自分の解釈が間違っていないと分かると、すっと目を細める。
いつも目にしていた、温度を感じられない表情。そのきつい眼差しに、逆に見惚れてしまった直江に贈られたのはもちろん、はにかんだ承諾の返事などであるはずもなく。

「――馬鹿にするな!!」

絶対零度の言葉と、それとは対照的な熱い往復ビンタだった。




〜続く〜


お題『景虎女王様な高耶さんにあるパーティーで出会い、
反発しつつもどうしようもなく惹き付けられてしまう』です。
女王様な景虎さま。彼はすでに地でいけるかと(笑)
いかがでしょうか?


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