例えば、思う。 もし、直江と出会ったあの頃に、もう少しだけオレが素直にあいつの事を求めていて、直江ももう少し穏やかにオレの事を求めてくれていたら、少しは楽しく過ごせたのだろうかと。 あるいは、記憶がもっと早くに戻って、直江の事を考えられるだけの情報があれば、少しは変わったのかな、とか。 はたまた逆に、あのころのオレが今のオレを見たらどう思うかなとかも。 だって、住んでる場所が気が付いたら、四国で。あんなに険悪だった直江とは、今や恋人同士みたいなもの。しかもどうも最近、赤鯨衆の連中からも公認になりつつあるような気がしてならないし。 あのころとは大きく変わってしまった今になってふと、そんなことを思う。 The place where we will win someday . 〜いつか辿り着く場所〜 「えっ?」 部屋から出る寸前、ふと視界に入った鏡に移った自分の姿に高耶は驚いて足を止めた。 今まで、自分の部屋の中に鏡など置く趣味はなかったのだが、赤鯨衆で割り当てられた部屋には鏡が標準装備だった。おかげで今では、部屋を出る間際にちらりと自分の姿を見ていくのが習慣だ。 そんな習慣どおりに鏡の横を通りながらちらりと視線を走らせたのだが、毎日同じモノを映し出すその鏡が今日はおかしい。 足を止めて考え込み、今ちらりと見たモノは、と思いをめぐらすが、あいにく納得出来そうな答えが見つからなかった。これは、やはりもう一度覗いてみて、何もないのを確認してから忘れてしまおうと、高耶は一歩ほど後戻りして、くるりと鏡と向かい合う。 だが、 「っ!!」 そこにはやはり、先ほど見たモノと同じものが映りこんでいた。つまり、普段とは大きくかけ離れたモノが、だ。 おかしい。 高耶は叫ぶことすらも忘れて、鏡に映っている自分の姿を覗き込む。 どう考えてもおかしい。ありえないモノが映っている。試しに手を動かしてみたり口を開けてみたりするが、鏡に映っている自分も同じように動く。 と言う事は、一夜のうちに鏡が写真に変わったわけではないということ。 高耶は、むむむ、と唸った。 するとやっぱりその前では、3・4歳若い制服姿の高耶も唸る。 そう、鏡の中にいるのは明かに高校生時代の自分なのだ。目ももちろん黒くて、髪の長さも今とは微妙に違う。 「どうなってんだ?」 鏡から視線を落として自分の服装を見てみても、何のことはない。さっき着替えたばかりの、いつもの格好だ。思わず鏡の前で回転ターンをしてみたら、やはり鏡の中でも制服姿の自分が回転ターンをする。 やってみてから自分でも少し恥ずかしくなった高耶は、ぽりぽりと頬を掻いて、ちらりと鏡を見遣る。やはり、鏡の中の自分も頬を掻き、ちらりとこちらに視線を流している。 「う〜ん。これ、触れるのか?」 ふと、そんなことを思って手を伸ばし、鏡に掌をくっ付けた。 ひやり。 鏡特有のあの冷たさを感じながら、映っているのがかつての自分であると言う事以外おかしくはないと、思ったまさにそのとき、鏡がぐにゃりとへこんだ。いや、違う。高耶の掌が鏡に沈んだのだ。 「うわぁっ!!」 声をあげたその瞬間にもずぶずぶと沈んでいって、あっと言う間に腕の関節まで埋まってしまう。何とか、逃れようと手を引いてみようとするのだが、どうしたことか体に力が入らない。そうして、ふっと意識の端が白くなったと思った時には、意識がなくなり、そのまま何かに引っ張られるかのように高耶の体は鏡の中へと吸い込まれてしまったのだった。 * * * * * * * * 「ててて・・・」 意識が戻ったのは、腰を強かに打ったような痛みからだ。ゆっくりと頭を振って、それから霞がかった頭で何があったんだっけと、最後に残っている記憶を手繰り寄せた高耶はけれども、目を開けたその瞬間に、すべての意識を吹っ飛ばした。 自分がどうして倒れているのかとか、そんなことは瑣末なことだとしか思えない。 一気に激しくなった鼓動を抑えながら、再び先ほどの記憶を辿り始める。 そう、確か。四国の赤鯨衆の自分の部屋から出ようとして、鏡を見て、そうしたら・・・高校生のころの自分が鏡の中に映っていたのだ。 思い出して慌てて立ち上がった高耶は、正面にある鏡を覗き込んだ。けれども、今映っているのは確かに四国にいたころの“現在”の自分だ。高校生のころの自分ではない。ただし、どうしたことか瞳の色は真紅ではなく、わずかに赤味がかっている程度なのだが。さらに、身のうちに鬼八の念も感じられない。 「・・・何が、どうなってんだ?」 呆然と、呟く。 「どうして、オレんちにいるんだ・・・」 ところが、驚きはそれだけではなかった。ふと、驚きのままに視線を巡らし、壁にかかっているカレンダーを見た高耶は再び目を見張った。いや、ここまで来たら、己の正気を疑ったといってもいいほどだろう。体がここ、松本の実家に来ただけならば、まだ誰かが連れて来たのだと、無理矢理納得することも出来ただろうが。 こればかりは、神でもない限り無理だ。 「マジかよ・・・」 カレンダーに書かれているその年は、直江と高耶が再会したまさに、その年を示していた。そうそれは、先ほど鏡の中に見た自分の時代だった。 玄関で考え込んでも仕方がない、と高耶は誰もいない家の中に靴を脱いであがっていた。今では懐かしい家具が部屋の中にはある。自分の部屋もかつてのままだ。 ともすれば、懐かしいなぁと、そちらを見るのに一生懸命になりそうな意識を引き戻しつつ考えた結果。この時代の自分と、どうしたわけか入れ替わってしまったのだろうということに辿り着いた。 というのは、カレンダーに何も書き込まれていないと言う事は、自分はここ松本にいるはずで、しかも時刻は八時。この時間にすでに高校へと出向いているとは到底思えないからだ。どんな仕組なのかは分からないが、おそらく、家から出ようと玄関にある鏡を覗き込んだ高校生の“自分”と、あの時、重なってしまったのだ。そうして、こうやって入れ替わってしまった。 「って、事は、制服来たオレが赤鯨衆のあの部屋にいるってことか」 自分がここにいるよりも、そっちのほうが大分問題かもしれない。第一、あのころの自分は、完全に《力》が戻っていたわけではないような気がする。今のところ大きな戦闘はなかったからいいが、もし状況が変わればその時点で困ったことになりうるのだ。それに、直江との関係の事もある。 一体、どうしたことか、と。頭を捻っていると、まるでそれを見越したかのように、家の電話が盛大な音を立てて鳴り始めた。それに、反射的に駆け寄って、受話器に手をかける。オレがとってもよかったのだろうか、と思い当たったのは、すでに受話器を持ち上げてしまってからで、今更切るわけにもいかずに、高耶は恐る恐る受話器を耳にあてた。 「はい」 緊張のために声が硬くなる。だが、続いて聞こえてきた声に高耶はほぉっと息を吐き出した。 「直江、か・・・」 『・・・私ですが、ご迷惑でしたか?』 高耶は安堵の溜息をついたのだが、直江の方は違う意味でとったらしい。そう言えば、もしかしたらこのころは、自分たちの関係がかなり微妙だったころじゃないだろうか。あの頃の自分を思い出して、電話の向こうには悟られないように苦笑する。 「迷惑じゃない。それよりお前、今どこ?」 『今、ですか?東京ですが。・・・先日言ってませんでしたか?』 言われていたとしても、それは自分ではないのだから、知りようがない。 「そうだっけ。まぁ、いいか、どこでも。どこでもいいから、直江、今すぐ松本まで来い」 『今すぐですか?私にも用事というものが――』 「直江。命令だ」 放っておけば、「どうせあなたには私の事情など関係ないのでしょうけれど」云々と回り始めそうな気配を感じて、高耶はそれだけ言い置くとガチャンと受話器を落とした。 思わず勢いでそんなことをしてしまったが、もしかしてこれは、この時代の直江にはあまりよろしくなかっただろうか。 受話器を戻してから、ふとそんなことを思ったが、やってしまったことは取り戻せない。暫く考え込んでから、ま、いいかと、高耶は電話の前を離れ、自分の部屋に戻ったのだった。 この所、眠りが浅かったせいで、気が付いたら眠り込んでいて、ふと遠くで聞こえるチャイムの音に高耶は目を開けた。一瞬どこにいるのか分からなくなったが、すぐにここが松本の自宅であることを思い出す。そして、それからようやっと、外でチャイムを鳴らしている男の事を思い出し、高耶はベッドを飛び降り、家のドアを開けた。 「わり、眠りこんでた」 謝りながら顔を上げると、そこには今では見ることのなくなった真っ黒のスーツに身を包んだ直江が立っている。懐かしさに思わず、にんまりとしてしまう高耶だ。 けれど、直江の方は出てきた高耶を呆然と見つめている。さすがは直江。すぐに、高耶の違和感に気が付いたようだ。 「・・・高耶さん?」 訝しげに名前を呼ばれて、高耶は笑いを引っ込めて、なんだ?と真面目な顔で答えて見せる。 「高耶さんですよね。それは間違いない。この気は確かに景虎様のものだし。この私が景虎様を見間違えるはずはない。しかし・・・だが・・・」 高速で頭の中を行ったり来たりしているらしい直江をとりあえず家の中に導いて、高耶はドアを閉めた。あんな所にいつまでも男が2人立っていたのでは、ただでさえ芳しくない仰木高耶の噂はさらに発展することになりかねない。 中に入って、直江に客用のスリッパを取り出して、ほいと前に置いてやると、条件反射になっているのか、直江はお礼を述べて、スリッパを履いた。だが、その顔はいまだ思索顔だ。 「直江。もういいか?」 「よくありません」 考え込んでいる割には、即答だった。 「高耶さん、その瞳の色、見間違いじゃないですよね?一体どうしたんですか?髪の長さも、変わってますし。それに、・・・」 もしかして、成長していませんか。 と聞かれるに至っては、高耶は自分の状況を説明することも忘れて、直江の目のよさに敬服してしまった。 「すげぇ、直江。さっすがだな」 「高耶さん!!」 「あっ、わりぃ、わりぃ。いや、でもまさか、そこまで分かるとは思わなかったから。まぁ、説明するから、とりあえず俺の部屋行こうか」 ー続くー
台風です。 またしても台風です。 一体どれだけくれば懲りるのやら・・・ 全く、本当に台風のおかげで いつもいろいろと予定がうまく 進みませんよ!! と言うわけで、新しいお話。 そろそろ手持ちの札がなくなりつつあって、 いろいろと焦ってます(苦笑) |
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