淋しい…

寂しい…

さみしい……




どこからともなく聞こえてくる想いに高耶は振り返った。

誰かが呼んでいる?
自分を、景虎を。

…直江?


耳に馴染んだその声に、高耶が小さく名前を呼ぶと、ふっと暗やみの中に人の姿が現れた。

法衣に身を包んだ直江だ。

自分が知っている直江ー義明よりもほんの少し若いようであるその影はしかし、本人の気とは若干の違和感がある。

確かに直江の気も感じるが、それとは違うものが交じっている。

…おまえ、誰だ?

戸惑いの色濃く高耶は尋ねたが、それに答えはなく、ただ淋しいと囁いてその姿をかき消した。















追憶の調べ



第一話





「高耶さん、行きましょうか?」
直江の声に高耶は頷いた。
準備はすべて昨夜のうちにすましてあって、家の戸締まりさえ確認し終わればすぐに出られるようにしている。
「おう!」
元気よく振り返った高耶の笑顔の裏にはけれども、わずかに緊張が見てとれて、直江は口元を緩めた。
上杉の仕事に出るときもよほどでなければ緊張など知らない彼だが、さすがに恋人の家族に初めて会うとなれば緊張もするらしい。
そう、今日は宇都宮は光厳寺に行って、橘家の面々と初顔合わせの日だったりする。
長男である照弘は東京で会ったことがあるが、会ったと言うよりも見たと言ったほうが正しい程度である。けれどもそれでさえ、心臓がばくばく言っていたのに今回一挙に両親に兄二人と長女である冴子以外の人間全員なのだ。

――・・・一体どうなるのだろう。

宇都宮への車中で高耶が直江にぼやくように言うと、直江は嬉しそうに、

「緊張するような家族ではないですから、あなたはあなたのままでいいんですよ」

と、笑う。

「…嬉しそうだな」
そんなふうに言われても、緊張するのは、相手が直江の家族だからだ。相手が直江の家族でなければ、こんなにも緊張したりはしない。
だから、直江に何を言われても緊張をどうしようもない高耶は、おもしろくなさそうに呟いて、それに直江がさらに笑みを深めた。
「嬉しいですよ」
赤に変わった信号で車をスムーズに止めると、直江は拗ねた顔をしている高耶に手を伸ばし、するりと頬を撫でる。そうしてそのまま流れるように指で耳朶をくすぐる。
「俺の家族に会いに行くから緊張してくれているんでしょう?」
嬉しさを噛み締め、それを抑えるような男の声はわずかに掠れていて。
昨夜の情事を思い出させるような声に、高耶は一気に顔を紅潮させた。
「なっ、なっ…!」
直江のあまりな台詞に高耶は口を開けたり閉めたりする。
それに直江はくすりと笑い、笑いを含んだまま車を発車させた。
その隣では、叫ぶタイミングを逃した高耶が顔を真っ赤にさせたまま、ちぇっと舌を打ちうつむいた。






「お邪魔します」
直江の案内で玄関をくぐった高耶はわざわざ出迎えてくれた直江の母に頭を下げた。
それに直江によく似た目元を緩ませて彼女は上品に微笑む。
「何もないところだけど、自分の家だと思ってくつろいでちょうだいね」
「ありがとうございます」
和服を上品に着こなすその女性は、まさに橘義明の母と言った感じだ。今でも美人で通る容姿に丁寧な言葉づかい、それなのにどこか強い、一本芯の通ったような空気。すべてが、直江に通ずるものがある。
そんな女性に、高耶は似合わない緊張を抱いて、案内されるままに客室についていく。直江は、高耶の荷物を持って、高耶の半歩前、母親の斜め後ろを歩いているから、二人の背中は高耶の視界に納まっていた。
親子とは、歩く姿まで似るものなのだろうか。
すでに五十を超えている母親を気遣いながら歩く直江の背中に、高耶はわずかに目を細める。
何故だか、胸に鋭い痛みが走り抜けていった。

「この部屋をどうぞ。お庭も、義明にでも案内させて、見て廻ってくださいね。庭師の方が綺麗に手入れしてくださっているから」
言われて窓を見遣れば、丁寧に手入れされている庭が目に入る。中央には池もあり、その脇には大きな木が植わっている。おそらく、離れの中で、一番見晴らしのいい場所に案内してくれたのだろう。
優しい心遣いにもう一度頭を下げると、彼女は夕食の時間だけを伝えて、部屋を出て行った。
途端、静けさが部屋の中に満ちる。
「・・・・・・気持ちいいな、この家」
直江が育った家だからだろうか、始めてきたのにどこか懐かしい。
寺特有の伽羅の香りが漂い、古いけれど手入れの行き届いた建物からは、心地よい気が発せられている。

「ここで、お前は育ったんだ・・・・・・」

それは、感動にも似た、静かで強い想いだった。


続く


と言うわけで、大昔のリクエスト小説です。
リク内容は「横笛を吹く高耶さん」
横笛吹くまでに時間がかかりますが、
最後までお付き合いくださいませ〜v









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