弘誓(ちかい)の海



それは、ふとした記憶だった。

いくつもある越後の海の記憶の中に埋もれている一片の映像。


冬にはめずらしく晴れた空の下。
穏やかな波。

それを高い所から眺めている自分と・・・・・・

一緒にいるのは誰だろう。

自分の向かいで真面目な表情で海を見下ろしているのは直江で。

それと、他に?

あそこで何をしたのだろう。

何を思っていたのだろう。

鮮やかな海の風景と輝く太陽と。
それとは裏腹に輪郭のぼやけた記憶。


胸を締め付けるこの想いは、その日のものだろうか。


























「なぁ、ここで何かしなかったか?」
ふとテレビを見ていた高耶がそう訊ねてきて、直江は本から顔を上げた。
「越後の海、ですか?」
右上に出ている地名を読んでから、改めて映し出されている光景を見やって直江は首をかしげる。
この四百年という時間の中で幾度となく越後の海を見に行っていて、その一つ一つを覚えているかといわれれば、とてもではないが、覚えてはいない。それでも何か特別なことを景虎としていたならば、覚えているはずた。だが、その映像から見て取れる情報からだけでは引っ掛かりを感じ取れない。
「覚えていないのですが・・・何かありましたか?」
困惑の色を織り込んだ直江の声に高耶も、困惑の表情で画面を見つめこんでいた。
「よく、分からないんだ。でも、何かがあった気がして・・・・・・」
「私もいたんですか?」
「あぁ、多分。いや、絶対、かな。お前はいた、と思う」
曖昧な揺れる高耶の表現からも、高耶自身、あまりそのときのことに自信がないのが分かる。突然沸いてきた記憶に途惑っているのが分かって、直江はそっと高耶を後から抱きしめた。
「なんか、すごく天気のいい日でさ、それでオレとお前と・・・あと誰かが二人いるんだ」
「二人?長秀とか晴家、あるいは色部さんではないんですか?」
ごく順当に考えれば、そのうちの誰かである可能性が高くて訊ねたが、高耶はゆるゆると首を振った。
「違う、と思う。よく、分からないんだけど・・・」
はっきりとしない記憶を手繰り寄せている高耶の邪魔にならないように、直江は高耶の手を上からそっと握り、先を促す。
「少し高い所から見下ろしていて、それで・・・そうだ。後に木があって、そこに背を向けるようにして海を見ているんだ」
「木?」
「あぁ。その木があるからそこにいるんだ。そこに・・・・・・・・・」
再び黙り込んだ高耶の言葉を直江は静かに待つ。すでにテレビの中では賑やかなCMが流れていて、直江はテレビを切った。
それにしても、その木があるからそこにいる、とはどういう意味なのだろう。
今さっき高耶の呟いた言葉を反芻していると、びくり、と高耶の肩が揺れた。
「オレ達、そこに何かを埋めたんじゃないか?」
ゆっくりと振り返った高耶の瞳は、強い光を宿していた。




どうしても、その記憶が気にかかるらしい高耶をつれて、直江は二人で越後の海へとやってきていた。
越後の海、と一言で言ってもその沿岸は長い。テレビ局に問い合わせ、正確な位置を聞いて、その上で出かけてきたから、今目の前に広がっているのは、あの日、テレビで見たそのままの光景だ。海に向かってたつと、一本だけ崖の上に木が見える。
「あの木、ですか?」
懐かしい潮の香りを胸一杯に吸い込んでから、直江が訊ねると、高耶は頷いた。
「あぁ。あの木だと思う」
見渡す限りに他に背の高い木はない。生えているのはその木だけだ。あとは背の低い草ばかり。
そんな中に木が生えているのも不思議だったが、何故だかそれが当たり前だと感じてしまう。それは、かつてそこで経験したはずの何かがそう思わせているのだろうか。
自然と言葉少なに二人してその木の元へと歩み寄り、崖の上から木を背にして、海を見渡した。触れ合うほど近くに立って、そっと互いの手を握り締める。
「来たこと、あるようですね」
少し不思議そうな声で直江がそう言ったのは、記憶が蘇って、ここにきた事があると確信したわけではないからだろう。
記憶はやはりないに違いない。高耶自身、ここに来たらはっきりするかと思った記憶は少しもはっきりしていない。
それにもかかわらず、ここに来た事があると、そう思わざるをえないのは、背にしている木のせいだ。まさにその木が二人がここに来て、何かをしたのだと言う事を、証明していた。
木からほのかに感じる二人分の気配。それは確かに、直江と景虎のものだった。
この木がこんな荒海の前、他の木が一本も残れないような場所に力強く立っているのは、二人の《力》に守られているからだ。かつて、この木に二人が力をやって、それがこの木を今もなお生き長らえさせている。
理由は分からず、その記憶もなくとも、ここで二人何かをなしたのは確実だった。
「・・・この木の根元に何かを埋めたんですか?」
高耶があの日、口にしていた言葉を思い出しながら訊ねると、高耶ははっきりと頷いた。その視線はすでに木の根元へと注がれている。
「間違いないと思う。そこから、僅かにお前の《力》がもれてる」
指差す高耶の先に、確かに目を凝らせば自分のものと見られるパターンが見て取れて、直江は僅かに眉根を寄せた。自分に全く記憶のない物を見るというのは、どこかずれている様な感じが湧いてきて、気持ちが悪い。
「掘ってみましょうか」
「そうだな」
二人して近くに落ちていた枝を拾うと、地面に突き刺した。どれほど昔に埋めたものかは分からないが、最も古ければ四百年前。そのときに埋めたものが今も残っている可能性は普通なら低かったが、二人とも残っていると疑っていなかった。何百年も残すために、この木とそして埋めた何かに二人の力が残っているのに違いない。この木が残っているのが、何よりの証拠だろう。
無言で地面に枝を突き刺し続けて暫くして、高耶が小さく声を上げた。
「あった」
それに直江は枝を地に置き、代わりに高耶の枝が突き刺さっているあたりに手を差し込んだ。枝の穴で柔らかくなった地面はすぐに掘れて、枝の周りの土はすぐになくなっていく。
そして、かつんと指が何かに当たり、掘り当てたとそう思ったそのときに、異変が起こった。

「えっ?」
地面の中から流れ出てきた不思議な気配に、高耶が眉根を寄せ、それに続いて直江も急いで今自分が掘った地面を見やる。だが、その正体を見極める前にぐにゃりと空間が歪んだ。
直江が慌てて高耶に手を伸ばし、己の方に引き寄せようとしたが、それよりもはやく歪みが二人を飲み込んだ。



+ 続く +

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