ふわり・・・・・・

ふと頬を撫でていく風を感じて、高耶は重い瞼をゆっくりと押し上げた。そして、けだるげに前髪を掻きあげる。

九月もこの時期になれば、昼日中の暑さは相変わらずでも夜には涼しい風が入るようになる。心地よい涼風が、日中の熱を優しくオブラートに包み込んでいくようだ。

「・・・直江?」

激しい情事の後、つい先ほどまで優しく髪を梳いていてくれた男を求めて、高耶が名前を呼ぶ。
それに再びカーテンがふわりと揺れ、その向こうに男の影が映し出された。

「起こしてしまいました?」

夜に溶け込むような深い声音。
尋ねると同時に、直江はカーテンを引いて、大きく取られた窓をすべて夜へと開放した。

「いや・・・」

カーテンが開けられて、影から実体へとなったその姿に高耶はふるふると首を振る。
それに月を背に負った男が笑みを零した。

「煽情的、ですね」

男による愛撫の痕も顕わな高耶の肌が、月光に照らし出されている。
腰の辺りにわずかに掛け布が撒きついているだけで、それは逆に男の情欲を誘う。

「なっ!」

呟かれた言葉の意味を瞬時に悟った高耶は、顔を真っ赤にして、慌ててシーツを体中に巻きつけた。
それがさらに男の笑みを誘う。けれど、直江はそれ以上は何も言わず、開けた窓から夜空を見上げた。
つられるように、高耶の視線も自然外へと向けられる。

「そっか、今日は十六夜なんだ」

十五夜から、一日を経た十六夜。
わずかに欠けているはずのその月は、よく目を凝らさなければ分からない。
けれども、この月に昔の人々は何よりも風流を感じていたという。

シーツを撒きつけたまま高耶はベッドを降り、直江の隣へと立つ。
見上げる月は、大きく、きれいに光を放っている。

「綺麗だな・・・」

思わず零れた言葉に、直江は「えぇ」と頷く。

「ほんとうに」

ただ、直江はすでに月を見上げてはおらず、月よりもずっと己の近くにいる、至高の存在に目を細めていた。

「ほんとうに、あなたは綺麗だ」

耳朶に熱く囁かれた、真剣な声に高耶は呆れたような表情で直江を見遣る。

「ばか、月を見ろよ。オレじゃなくて」

それだけ言うと、再び高耶は月を見上げる。

「月、か・・・・・・」

いつだって、月は高耶と共にいた。
仰木高耶になってからも、それ以前からも。そのどちらも、あまりいい思い出はないけれども。

見上げる月は、己の願いとの距離を明かにする。
手を伸ばしても届くことのない、叶わぬ想い。
そうして、ただただ上から見下ろすだけで何も助けてはくれない月。
恨めしげに見上げても、ただ光を降らすのみ。

「・・・気に入らない」

高耶の感情の変化に気がついたように、直江がぽつりと呟く。

「月なんかより、俺を見なさい」

皆に平等に光を与える月になど目を向けずとも、ここにはただ互いだけを映し出す瞳があるのだから。

「俺よりも月に目を奪われるなんて、赦しませんよ」

男の言葉に、高耶は弾かれたように直江に視線を移し、それから破願した。

「ばーか」

泣き笑いのような顔で、高耶が毒づく。
それに直江は優しいキスで応える。

「ん・・・・・・あっ・・・」

優しかった口付けは、すぐに深いものへとその姿を変え、高耶の意識は完全に月から男へと移った。

「いい?」

深い甘い声で、男が尋ねる。

「さっき、あんなにしただろ・・・・・・」

幾度イかされ、体の最奥に男の熱を感じたか。
そう応じる高耶の返事はそれでも、否ではない。


「高耶さん、愛していますよ・・・・・・愛してる・・・・・・」


再び始まった二人の情事を、わずかに欠けた月は静かに照らし出した。


ーー end −−


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