都内某所、某ホテルの一階カフェ。
そこで密談は行われた。
「わりー、ちょっと遅れた」
「ちょっと?十分は待ったようなきがするが」
「そう言うなって。だから謝ってんだろ?」
「それが、謝っている態度だと?・・・まぁいい。それよりも、直江辺りに後つけられていないでしょうな」
「任しとけって♪オレを誰だと思ってるんだ?上杉の総大将だぜ?」
「・・・・・・」
「で、例のものは?」
「これだ。私のカラスにこそ泥のような真似をさせたのは始めてだ」
「そうなのか?あぁ、得意なのは覗き見だもんな、高坂の所の鵺」
「・・・・・・」
「おっ、おぉ。これこれ。これが欲しかったんだよ。サンキューな、高坂♪」
「なに、私も面白いものを拝ませてもらったからな」
「そうそう、あのチョコどうだった?お前ああいうの結構好きだろ?だから、送ってやったんだぜ?」
「まあな。あの辛さが何とも言えなくてな、あまりにも美味しいんで、御屋形様にも召し上がっていただいた」
「嘘?マジ?信玄も食ったわけ?」
「あぁ。すぐに顔を歪めて立ち上がったが」
「そりゃそうだろ。あの直江だって食えなかったんだぜ(笑)」
「それはそれは。飼い主からの贈り物でも食べれないものがあるとは、新発見ですな」
「だろ?」
「そういえば、景虎殿。チョコレートの材料は大量に買い込んでいたようだが、残りのチョコはどうなされた?」
「ふふふ・・・小太郎の所に全部送ったぜ」
「小太郎、と言うと、北条の風魔忍軍の?では、例の作戦も実行したと」
「そういうこと。あぁ、ホワイトデーが楽しみだぜ♪」



* * * * * * *



直江信綱は苦悩していた。
と言ってもそう高尚な悩みではない。彼にとっては他にないぐらいに真剣な悩みだが、関係ない人間には全く関係のない悩み事。つまりは、ホワイトデーの事だった。バレンタインには互いに贈り物をしたから、バレンタインのお返しに、というのは少しおかしい(ちなみに直江からの贈り物は一粒数百円はするチョコレートと、マフラーに手袋だった)。だが、そこはどこまでいっても直江。そんなことなど歯牙にもかけず、自分のためを思って、甘くないお菓子を作ってくれて、なおかつ夜には自分から求めるような事までしてくれた高耶にはぜひともそれに見合うだけのお返しをしなくては気がすまないのだ。
「はぁ、高耶さんは一体何を喜んでくれるだろうか」
自分から求めてくれた高耶に返すのだから、やっぱり激しい一夜を・・・と、考えて思わず口元が緩む。相手が高耶であれば、一晩でも抱き続ける自信はある。なんと言っても四百年。ずっと焦がれていた人だから、どんなに抱いても自分の中の欲望は治まるところを知らない。
だがしかし、そんなもので高耶さんは満足してくれるだろうか?どうせなら朝からきちんとしたデートプランを立てて、それで夜は激しく・・・というほうが、よりいい気がする。
そう考え付いて、直江は一人頷いた。
ならば、ホワイトデーの次の日は土曜日だから、この日にホワイトデーを勝手に振りかえて、そしてデートをすればいい。
そうと決まれば早いもので、都内から程近くにある某有名テーマパークに行くことを決めて、そして高耶のためにテーマパーク内の有名ホテルのスウィートを取るべく、奮闘を始めたのだった。



* * * * * * *



そして、3月の14日、ホワイトデー。
この日、高耶は朝から落ち着かなかった。運良く取れた金曜日もお休みとなった直江は、不思議な高耶の様子に首をかしげる。もしかして、明日の件がばれたのだろうかとも思ったが、どうもそうでもないようで、さっぱり分からない。
そんな直江がようやくそのわけを知るのはお昼を少し越した頃だった。

ピンポーン
リビングで二人ソファーに腰掛け、じゃれあっていると玄関のチャイムが鳴った。その瞬間びくりっと高耶の体がゆれた。
「オレ出る!!」
一体誰が来たのだろうか、と直江が首を傾げるより早く、高耶がばたばたとリビングを出て行く。一体何事なのか、と嫌な予感を抱きながら、直江は深く溜息をついた。どうも、せっかくのホワイトデーなのに、高耶との甘々には過ごせないような気がしてきたのだ。

「よっしゃぁ、来た来た♪」
ホクホクと言った顔で玄関から戻ってきた高耶が抱えていたのは宅急便だ。それもどうやらクール宅急便らしい。
「高耶さん、誰からですか?」
「ん〜?政宗から」
「政宗?伊達政宗ですか?」
「おう」
るんるんと今にも歌い出しそうな高耶は、リビングに座り込むと、早速包みを開け始めた。直江も恐る恐る覗き込む。そして、中から出てきたものに、高耶は歓喜の声を上げ、直江は重い溜息をついた。どうやら、嫌な予感は当たったらしい。今日は3月14日。絶対に、どう考えてもこれはバレンタインのお返しだ。
「すげぇ、さすが伊達男!太っ腹ぁ。にしてもまさか、あのチョコに牡蠣を返してくるとはなぁ。ん?なんか他にも入ってる?あぁ、手紙か・・・・・春にこっちに出てくるのか。ふ〜ん。したら、一緒に何処か遊びに行くかな♪」
自分の後ろで固まっている直江を全く意に掛けず、高耶は中から出てきた生牡蠣に両手を打つ。
「直江ぇ、今日は牡蠣鍋な♪」
まさに最上級にご機嫌な高耶を見ながら、直江の疑惑は深まるばかりだ。今日の夕飯が牡蠣鍋なのは一向に構わない。が、しかしバレンタインのお返しだろうと言う事は、高耶がバレンタインに何かを送ったと言う事で。いや、何かではないだろう。“あのチョコ”ということは、間違いなくわさびやからしが入っていた“あのチョコ”に違いない。一体いつの間に送ったというのだ。第一高耶は小太郎と高坂にしか送ってないと言っていたのだ。高耶のことだ、黙っていることはあっても嘘をついていることはないだろう。一体、いつの間に・・・
ぐるぐると、一通り考えてみて、考えるよりも聞いたほうが早いと、直江はまだ嬉しそうに牡蠣を眺めている高耶に声を掛けようと、顔を上げた。
と、まさにそのとき、再びチャイムが鳴った。
「はーい、はい♪」
直江を一人残し、飛び跳ねんばかりに玄関に高耶は向かう。
どうやらまだ、他にも来るらしい。落ち着くまでは何を言っても無駄だと悟った直江はリビングに残された牡蠣と玄関のほうへと消えて行った高耶の影と、二つを見て溜息をついたのだった。

「これで全部だな♪」
そう言って高耶がパンパンと手を鳴らす。ぱっと見ただけでも五つほどはあるような気がする。しかも例外なくどれもクール宅急便のような気がする。それらの箱を満足そうに眺めて、高耶はおもむろに中身を改め始めた。
手始めに開けたのは、一番上に乗っていた箱だ。
「ん〜っと、これは、清正から。ってことは・・・おぉ、車えび♪それと、なんだ?馬刺屋パイ?なんじゃそれ。まぁいいか、車えびは今日のおなべに一緒に入れてやろう。で、えっと次は・・・」
なんだか、すでに諦めモードに入っている直江は、高耶の手から加藤清正からだという箱を受け取ると、近くにあった箱を代わりに手渡した。
「ありがとう。えっと、あぁ、これは嶺次郎たちだな。みんな元気かなぁ。で、中身は、と・・・やっぱり、かつおのたたきだよな。うん。それと、地酒。あいつ等も相変わらずだな。直江、次ぃ」
馬刺しと地酒をとりあえず床に置くと、高耶が甘えたように手を伸ばしてくる。それに、直江は箱を手渡す。ちなみに、差出人の名前はもちろん見れるのだが、あまりの恐ろしさに見ようという気が起きていない。
そんな箱を、嬉しそうに高耶は受け取り、がさがさと開けていく。
「う〜ん、こっちは小太郎からか。でもなぁ、あそこらへんって何かおいしいものあったっけ?蒲鉾ぐらいかなぁ。って、やっぱり蒲鉾か。あと、・・・・・・美味しいお菓子の作り方?ぎゃはは、さすがの小太郎もあのチョコはつらかったんだなぁ。あぁ、やっぱり護法童子かなんかを送り込んで、食べた瞬間の顔を見ればよかった」
楽しそうに笑う高耶の手の中には可愛い表紙のお菓子の作り方の本がある。確かに、あのチョコを食べたのならその気持ちは分かるのだが。だがそれにしても、このお菓子の本を小太郎がどんな顔をして買ったのだろうか。あの無表情で、ニコリともしない男が、本屋でお菓子作りの本を探し、レジで代金を支払って?
想像力の限界を試されているような気がしてきて、直江は慌てて頭を振ると、残っている二つの箱を高耶の前に置いた。
「高耶さん、あと二つですよ」
「おう。じゃぁ、右から。んと、おっ、光秀からだ。明智家は確か丹波笹山だよな。おぉ、すげぇ、丹波牛だぜ、丹波牛♪」
基本的に魚介類が好きな高耶だが、まだまだ食べ盛りだ。肉も嬉しいに違いない。だから、肉を喜ぶのは構わない。だが、明智光秀にまでチョコを送ったのは、恐ろしすぎる。いや、より正確に言えば、光秀に送ったと言う事は、もしかしたらあの人物にまで送ったのかもしれないのだ。
直江がそんなことを考えているうちに高耶は最後の一つの箱に手を伸ばし、
「これば、光秀ってことは、こっちは信長だな♪」
聞こえてきた名前に直江は、もうこれ以上どうしようもないぐらいに脱力する。光秀の名前が出てきた時点でもしかしたら、とは思ったが、まさか本当に織田信長にまでチョコを送っていたとは、冥界上杉軍総大将上杉景虎向かう所に恐いものなし、と行った感じだろうか。
「あいつ稼いでるから、豪華なもんくれないかなぁ。今夜鍋だし、鶏肉とか・・・おっ、よっしゃぁ、名古屋コーチンもゲットだぜ♪♪直江、直江。今日の鍋は豪華だぜ。あっ、でも二人じゃ食べきれないかもなぁ。ねーさんと千秋も呼ぶかな。したら、電話電話、と」
思ってもいなかった宅急便の到着に始まって、さらに、思ってもいなかった人物からの贈り物も交じっていたりして(いや、純粋な所、信長からの鶏肉は食べても平気なのだろうか。食べて、魔王の種が発芽したりはしないのか?)、床に撃沈している直江の事もなんのその、高耶はルンタッタと、電話を取り上げた。ピッポッパと、嬉しそうに電話を掛ける高耶のほうから、ヒラヒラと何か紙が舞い落ち、直江の目の前に落ちる。どうやら、電話のほうへ歩いていく途中で落としたらしい。それを、気力なく拾い上げた直江はその瞬間、それまでのショックも忘れて、飛び起きた。
「高耶さん!!」
突然元気になって声を張り上げられて、さすがの高耶も驚いたのか、かけようとしていた電話を戻し、振り返る。
「なっ、なんだよ突然!驚くだろ!!」
「驚くのはこっちですよ。この写真、どうなさったんですか!」
「げっ・・・って、それオレのだぞ。返せよ!」
「オレのって、これをどこで手に入れたんですか」
「う・・・えっと、企業秘密?」
「高耶さん!」
出来れば事実を隠したい高耶は、何とかボケようとするが、先ほどまでの事もあって、どうも冗談が通じない。ので、渋々と高耶は口を開いた。
「・・・高坂に取ってきてもらった」
「高坂にって、この写真高坂も見たんですか?」
「ていうか、きっとコピー持ってるぜ」
「この私の女装写真をですか?!」
思わずそう叫んだ直江の言うとおり、今直江の手に握られている写真は世にも珍しい直江の女装写真だ。高校の文化祭の時のモノで、直江は可愛らしいメイド服のようなものを着せられている。
「おう。オレさ、直江の昔の写真がどうしても欲しかったんだ。話で聞くお前の過去はすごい辛そうで、だからせめて、その頃のお前の写真を持っていたかったんだ。そうしたら、高校生の頃の直江も少しは救われるかな、と思ってさ・・・」
少し辛そうな笑いを浮かべて、高耶はそっと視線を落とした。それに、直江は胸が熱くなる。
かつて、自分が荒れたのは事実だ。そして、その理由が今は目の前にいるこの人がいないというものだったと言う事も。だがそれは、自分の甘えであったのだと今では分かっている。にも拘らず、高耶はこんなにも自分のことを、その過去事すべてをひっくるめて見ていてくれている。
「高耶さん・・・」
「直江、勝手してごめんな。やっぱり、嫌だよな。オレがお前の写真を勝手に持ってるなんて」
しゅんと沈んだように高耶に言われて、直江は慌てて首を振り、高耶の顎に手をかけて、上を向かせた。
「嫌なはずないでしょう?今度、私にも高耶さんの写真を下さいね」
「うん」
「あなたの幼いの頃の写真、色々見せてくださいね」
優しく耳元に囁かれて、高耶が少しくすぐったそうに首を竦める。そして、軽く唇を重ねていって、影が一つに重なっていく。
「――高耶さん・・・」
甘くそう呟いて、高耶の唇を堪能する。

だから、直江は気が付かなかったのだ。
高耶がひっそりとほくそえんでいるのを。
そして、いつの間に高耶があれだけの武将達にバレンタインのチョコを送ったのかを聞くこともすっかり忘れ去って・・・

それが明かになるのは、明日。高耶とレジャーランドに行って、その先で偶然土産を買いすぎた高耶の一言によって


「あ〜ぁ、やっぱり荷物は風魔便だよな」


The happy end ♪





・・・ハッピーエンド、です(笑)
というか、あれ?甘々だったはずなのに。
うん。ネタを練り始めた当初は、もうちょっと甘かったはずなんですよ。
それがこんなのに。
というか、直江の女装?!

・・・感想お待ちしております。(脱兎っ)


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