大学の先生なんて言うモノは結構いい加減だ。
人にも寄るのだろうけれど、それでもやっぱり高校までの先生とは絶対に違う。
よく世間の人は大学生になったら自由が増えるというけれど、先生自体にも当てはまるのではないだろうか。基本的に自由で、授業に対しては真面目なときもあるけれども、なのに結構適当で。
だから、何も言わずに突然休講なんて事も結構あったりもする。
本当に、突然だ。大学にきて、掲示板を見て始めて知るぐらい突然に休講になったりして。
そんな休講は学生としては嬉しいやら、悔しいやら、難しいところだったりするのだと、先生たちは知っているだろうか。休講になったのは嬉しいけど、せっかく大学まで来たのに、目的の授業がなければ来るだけ無駄だったと言うわけで。そこでさらに天気が悪かったりすると、ここまできた労力のほうが大きいから、いっそやってくれといいたくなるときもないわけではない。
そんなわけで、高耶は休講掲示板の前で他の学生同様に溜息をついていた。
三日分の休講案内が書かれているその掲示板には赤字で今から高耶が受けるはずだった授業の名前が書かれている。赤字、と言うことは、今日になって連絡がセンターの方に入ったという事。
つまりこれは学生に「悪いね、今日は天気も悪いし、どうも乗らなくてねぇ。悪いけど、突然休講になったんだよね」と、伝えているわけだ。
そんなことを思ってもう一つ溜息をつくと、高耶は空を見上げた。来たときと同様重く垂れ下がった空からは、大粒の雨が落ちてきている。さらにそこに風まで出てきて、外はまるで嵐のような様相を見せ始めていた。
このまま家に帰るのならば多少濡れても構わないのだが、今日はこの後直江とのデートの約束が入っていて、その待ち合わせ場所である男の会社まで行かなくてはいけない。けれど、家に帰るよりは会社の方が近いのもまた事実で、少しの逡巡の後に、ニカッと笑って歩き出した。
今から行ったら、二時間早いけど、会社に行ってしまおう。
多少濡れたって、あのビルの中にはシャワーもあるから、暖まればいい。早くやってきた自分に男はどんな顔をしてくれるだろうか?きっとすごく驚いて、でも嬉しそうに笑ってくれるだろう。
風のせいであまり意味をなさない傘をそれでも差しす高耶は、そのときの事を考えてどこか楽しそうだった。


差しても意味をなさなかった傘は大学の最寄の駅に着くまでにその存在すらも意味をなさないものへとなってしまっていた。風を逃がすように傘を泳がしながら差していたのだが、それも限界があったようで、突如吹き付けてきた突風に骨が折れてしまったのだ。そして追い討ちをかけるように、布も破れてしまって。これでは傘の役割を果たしそうもない、というところまで壊れている。そこまでくると傘が壊れたことに腹が立つよりも、あまりのその姿に傘に対して悔やみの言葉の一つもかけたくなるほどだ。
だからとりあえず、壊れてしまった傘に心の中で手を合わし、駅のごみばこに突っ込んで、そのまま電車に乗り込んだ。後は、目的の駅に着くまでに少しでも雨か風、どちらかが緩くなってくれるのを祈るのみ。
が、世の中そううまく行くはずもなく、高耶は降り立った駅でも空を見上げ、わざとらしく溜息をついて見せた。なんだか、先程よりもひどくなっているような気がする。
さすがにそんななかを歩いていくだけの気力もない高耶はちらりとタクシー乗り場のほうを見た。けれども、みな考えることは同じなのだろう。普段から人の多いタクシー乗り場にはさらに人が押しかけていて、それを待っていてはいつ乗れるのかさっぱり分からない。
だから早々にタクシーに乗るのを諦めた高耶は、ちらりと時計を見上げた。
二時ちょっと前。いくら何でも昼休みはもう終わっているだろう。と言う事は、仕事を忙しくしているに違いない。
そう考えて、う〜んと唸る。忙しくしているのは間違いないけれど。でも・・・・・・
暫く悩んで、葛藤を続けて、それから高耶はそうだよな、と頷いた。
やっぱりどう考えてもここは直江に迎えに来てもらうのが一番だ。仕事は忙しいかもしれないけれど、迎えにこれないほど忙しいわけでも、周りの人間が当てにならないわけでもないから。それに、
(こんな中、歩いて行ったら逆に怒りそうだし。それに普段からもう少し我侭を言ってくださいとか言ってるし)
心の中でいくつも言い訳を並べてみせるけど、ようは直江に迎えに来て欲しいのだ。
キョロキョロと周りを見回して、電話を掛けるのに良さそうな場所に移動すると、少しドキドキしながら社の直江への直通番号を押す。
携帯は仕事中は切ってるかも知れないし。
そう理由付けてはみるけれど、結局はこれも仕事中の直江の声を聞きたいからだ。
コール音が続くこと数回。すぐに受話器が上げられたのが伝わってきた。
『はい。橘義明です』
いつも自分と話すときよりも少し固めの低い声。仕事用だと分かるその声もまた、かっこいいと思うのだ。もし自分が直江の取引相手だったらこの声だけで、取引を成り立たせてしまうだろうぐらいに。
『もしもし、橘ですが・・・・・・』
その心地よい普段とは違う声をもう少し聞いていたいけれど、このままでは切られてしまう。いたずら電話だと思われては堪らないから、高耶は唇を少し湿らすと、口を開いた。
「・・・オレ」
小さな声でわざと名乗らずにそんな言い方をしてみせる。
けれど、それだけでも直江が分からないはずもなく、わずかに息を呑んだような気配がした後、先ほどまでとは違う柔らかい声がそっと耳朶に届いた。
『高耶さん?』
さっきまでの声もいいけど、やっぱりこっちのがいいかも。
優しくて暖かい、自分にだけ向けてくれる声。
その声が今は嬉しさと心配げな色を纏っている。
『大学の授業はどうなさったんですか?』
高耶が授業をサボるようなことをしないと分かっているから、何かあったのでは、と心配しているのだろう。なんせ、この天気だ。
「授業は急遽休講。ところでさ、嵐大丈夫か?今日は、外に出る予定ってないんだよな?」
『えぇ。社の中ですむような仕事しか今日はありませんから。それより高耶さん、あなたのほうは大丈夫ですか?この風じゃ、傘も差せないでしょう?タクシーカード使って、会社まで来てくださいね』
「そうしたかったんだけど、う〜ん、ちょっと無理かも」
直江の言葉にもう一度タクシー乗り場を見遣った高耶は、少しも減っていない列にそう答える。
『無理?どうしてですか?』
「人がいっぱい並んでて、待ってる間に風邪ひいちまいそうだし」
正直にタクシーに乗らない理由を告げるが、直江は不思議そうだ。それはそうだろう、普通大学生はそうそうタクシーを使わない。だから、タクシー乗り場すらも存在しないのだ。
『・・・大学からそんなに乗る人っていないですよね?』
確かめるように聞いて、それから数瞬沈黙が流れて、
『高耶さん、今どこにいるんですか?』
わずかに低くなった声で尋ねてくる。
「駅」
『どこの駅ですか?』
「会社の近くの」
想像どおりだったのだろうが、それでも電話越しに息を呑む気配が伝わってきた。
『それを早く言ってください!今から迎えに行きますから、そこから動かないで下さいね。あぁ、そこは風のあたらない場所ですか?』
「うん」
『分かりました。今から行きますから、でも寒くなったらちゃんと暖かい場所に入ってくださいね』
「おう。悪いな。・・・あの、さ。仕事、大丈夫?」
最後だけわずかに声の調子を変えて、小さな声で尋ねてくる。そんな変化もまた、男には堪らないのだ。今の今までどこか駆け引きめいた会話を楽しんでいたようだったのに。
最後にこんな風に出られると直江は思わずぐっと拳を握って、それから周りの人間になんと言われようと最高級に甘やかしたくなる。
我侭を言っていても必ず相手のことも考えている。そんな高耶にもっと我侭になってもいいのだと伝えるためと、そんな高耶がまた、愛しいのだと伝えるために。
『大丈夫ですよ。私のほうは優秀な秘書もいますから、なんとでもなるんです。大丈夫じゃないのはあなたでしょう?』
熱を出しやすいのだからと、男は心配げに声を揺らす。
「オレも大丈夫だよ。けど早く迎えに来てな」
心地よい男の心配げな声に高耶はわずかにはにかんで、電話を切った。


雨は相変わらずで、風もはやり相変わらず。外の景色を何を思うでもなく眺めていた高耶の前に、見慣れたウィンダムが滑り込んできた。危なげない操作で狭い車と車の間に停めてみせる。それからわずかに背をかがめるようにして車から降りると、ドアを閉めながらゆっくりと高耶のほうを振り返った。そして、高耶へと笑みを浮かべる。
流れるような男の動作に高耶は思わず見惚れていた。車を運転している直江もかっこいいが、こうやって降りてくるところもまた、かっこよすぎる。しかも、自分を迎えに来てくれたというシチュエーションがいいのだ。
「高耶さん、お待たせしました」
掛けてくる声も電話越しよりもじかのほうが数段よくて、返事よりも溜息が漏れた。
「高耶さん?」
そんな高耶に気が付いて、直江は小さく笑いながら、もう一度名前を呼ぶ。
「ほら、風邪をひいてしまいますよ。車の中にタオルがありますから、それで会社までは我慢してくださいね」
惚けている高耶の頬に手を伸ばし、そっと頬をなぞる。意味ありげに頬を撫でて、口元へと指を動かし、それから手は肩へと下ろされた。
「行きましょう」
肩に乗せた手で男は高耶を自分のほうへと引き寄せて、二人は自然な様子で車へと歩き出す。

それは、梅雨のある日の景色。





《コメント》
さて、今月の小説いかがだったでしょうか?
実はこれ、ひそかに
『例えば、こんな』の番外編
だったりします。
どれだけの方がそれに気が付いたかは、謎ですが。
というかゼロ、でしょう(笑)


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