カレンダーを見つめて、高耶はニッと笑い、それから、へにゃっと笑った。 すでに2月。何度見ても2月。そう、あのバレンタインのある月だ。 それを思うと、高耶の表情は自然と緩む。バレンタインと言う事は、好きな人に堂々と告白をしてもいい日なのだ。だから、2月14日にはさしもの直江も驚くような告白を、と高耶は考えている。 一緒に暮らしていて、今更な気もするし、去年もその前もチョコを上げているし、やっぱりとっても今更な感じだったけれども、それでもやっぱりドキドキもハラハラもしてしまう。 ハラハラは、直江が会社や果ては道端でチョコレートなんかを拾ってこないか、あるいはチョコの多さにひがんだ持てない男に刺されやしないかという、まぁ半分以上が冗談交じりのものだ。あの直江が自分を不安にさせるようなことをするとはほんの少しも思ってはいないから、おそらくは綾子や美弥以外からはチョコを受け取らないのは絶対だ。そして、刺されるかもしれない心配も、直江が大人しく刺されるはずがないこともよく分かっている。だから、ハラハラは、笑いの中で生まれるちょっと楽しいもの。直江もまさか、そんな事で高耶が楽しんでいるとは思いもしないに違いない。 もう一方のドキドキは。 やっぱりこちらも嬉しいもので。 今年はどんなものを上げようか、という思いと、何をくれるだろうと言う期待。ホワイトデーにはバレンタインのお返しとばかりにお金を使う直江に、バレンタインは金をかけないことという約束させたから、余計に楽しみだ。きっと、泣きたくなる程暖かでやさしいものをくれるに違いない。そして、その後はぎゅっと抱擁されて、それから落とされるキス、キス、キス。体中が蕩けるような優しい情事。 はぁ、と溜息をついて、それから一人プルプルと頭を振る。 だめだ、思考が脱線してしまった。今は直江との夜を考えるのではなく、その前の段階を考えているのだ。 そして再び、どうしようか、と。緩む頬を抑えながら、高耶はバレンタインにあげるものを考え始めた。 バレンタインの定番と言えば、チョコか、マフラーか。でも、マフラーに関して言えば、どんなに上手に作ったとしてもどうしてもあの男には手編みのマフラーは似合わない気がするのだ。というか、普段スーツを着る直江は毛糸のマフラーをつけれない。スーツに毛糸が付いてしまうからだ。だとすれば、マフラーはやっぱりいただけない。作るからには普段から使って欲しいと言うのが、人情だから。ならば、セーターか、とも思うのだが、セーターを本人にはばれないように、しかも後二週間しかないのに、同じ家に住んでいるのに、作り上げるのはさすがの高耶にも無理だろう。 むむむ・・・と唸って、高耶は腕を組替える。 そうなると、やっぱり、べたべたでもチョコレートがいいだろうか。それも出来れば手作りで。なんと言ってもキャピキャピ、キャーキャーな女の子に交じってチョコレート買う勇気はないし、やっぱりあんまり目立つのは冥界上杉軍のトップとしては避けるべきだろう。そんな所に高坂なんかが見た日には、闇戦国中に上杉景虎は家臣にチョコを買うらしいなどという噂が立つに違いない。そんなのは絶対に遠慮したい。 うん、と高耶は頷く。 バレンタインの贈り物は手作りのチョコレートにしよう。そうしたら次は、どんなものを作るか、が問題だ。今までチョコレートもケーキもクッキーも、美弥の誕生日に作った事があるから、腕のほうはまぁ、大丈夫だろう。それにいざとなれば、本を見ればそんなものはどうとでもなる。けれど、美弥と直江との大きな違いは、直江があまり甘いものを得意としない、と言う事なのだ。だから、今までのバレンタインではチョコレートを避けていた。 甘くないチョコレート・・・ 始めに思いついたのは、砂糖を入れないビターチョコだ。チョコレートはそのままでも甘いものだと思っている人間もいるかもしれないが、チョコレートの原材料であるカカオは決して甘くはない。どころか、苦くて、大昔には薬とされていたぐらいなのだ。だから、砂糖の入っていないカカオを買えば甘くはないチョコレートは出来る。でも、なんだか、それではとっても面白くない。もっと、直江が驚くようなものにしたい。 そして、甘くないチョコレートに頭をひねっていた高耶はふと、一つの考えが頭に浮かんできて、ニタッと笑った。 これならば他の誰も作らないに違いない。それはもう、絶対に。そして、直江があっと驚くのも間違いない。考え付いた自分に思わず拍手を送りたくなるほどだ。 「よしっ♪どうせなら、千秋にもやろー」 小悪魔のような笑みを浮かべて、高耶はバレンタイン作戦を展開していったのだった。 * * * * * * * そして、来る2月14日。バレンタインの日。 結局は皆で集まってパーティーでも、と言うことになって、余計に高耶の思う壺になった。自分の計画は大勢人がいたほうが楽しい。それはもう絶対に。 そんなわけで、高耶が鼻歌混じりに作った食事を前にして、譲に千秋、綾子といういつもなメンバーでお食事会が始まった。 高耶が腕を振るった食事はどれも美味しくて、あっと言う間に箸が進み、それとともに会話も弾む。会話の内容はあっちに行ってはこっちに戻り、少しも進展はしないけれど、それもまた、皆で話をする楽しみの一つ。千秋が楽しそうに直江をからかい、綾子は嬉しそうに高耶に懐く。それを見て、直江が慌て、譲がおかしそうに笑いを噛み殺す。そんなことを繰り返し、目の前の食事が消える頃、高耶は台所から綺麗に盛り付けられたチョコレートを持ってきた。 「はい、今日のデザート。バレンタインだから、チョコレートな」 美味しそうなチョコレート八つに、千秋がよっしゃーと膝を打ち、綾子と譲が嬉しそうに手を叩いた。一人反応のない直江は甘いモノが出てきたことに困っているのではなくて、高耶さんの手作りチョコレートが他の人にも食べられると言う事に、嫉妬しているだけだ。甘いものが苦手な直江と言えども、高耶が作ったものなら、何でも食べるに決まっている。 「あぁ、直江でも食べれるように甘くないチョコレートも作ったから」 にっこりと笑ってそう告げられて、直江は思わず高耶に手が伸びそうになった。けれどこの場にはあまりにも邪魔者が多すぎる。自分としては一向に構わないし、ギャラリーがいようとも高耶をその気にさせるだけの自信はあったが、そんな事をしたら後が恐いので、ぎゅっと拳を固め、何とか衝動を抑えて、少しだけ引きつった笑みを浮かべた。 「えぇ、ありがとうございます」 「でも、少し数少なめだよね」 この集まりで一人当たり二つは少ないだろう。そう思って、譲がわずかに首を傾げたが、高耶は曖昧に笑って、誤魔化すと、さぁどうぞ、と皿を皆の前に差し出す。まさか、誤魔化されたのだとは思いもしない各々は、差し出された皿からとりあえず、一つずつチョコを取って、それから「いただきます」と、口の中にチョコを放り込んだのだった。 それからのみんなの様子を一言で表すのならば、それはやっぱりすごかった、の一言だろう。 一口サイズのチョコレートを口の中に放り込んで、一口二口と噛み締めると少しづつ表情が変わっていく。 いや、まさか、でも、そんな。 口の中に拡がる不思議な味とこみ上げてくる、チョコレートではありえない辛さ。楽しいみんなの百面相を始めは静かに何気ない顔で見ていた高耶だったが、とうとう我慢できずにおなかを抱えて笑い出した。 「みんなおかしすぎっ!!」 高耶の突然の笑い声に仕組まれたと分かった全員は、涙にむせながら、目の前にあるコーヒーに手を伸ばし、食べかけのチョコレートを無理矢理流し込んだ。それを見て、高耶はさらにおかしそうにヒーヒー笑っている。 「ち、ちなみにな、ねーさんと直江が食べた緑のやつは抹茶じゃなくて、粉わさびが練りこんであって、譲と千秋のほうのは、中に唐辛子が入っているんだ。甘くないチョコだったろ?」 いたずらが成功した子供のように、高耶が自慢げに告白すると、チョコを食べた四人は疲れたように沈没した。それから、元気欲起き上がったのは千秋だ。 「景虎!んなもん、食わすな!」 「んなもんって失礼な。オレはちゃんと味見までしたんだぞ」 「えっ、高耶さんこれ、味見したんですか?」 「おう、当たり前だろう」 「・・・高耶って時々、物凄い事するよね」 「そっか?」 「景虎、譲君は褒めてないと思うわ」 「そう?でも、直江にチョコレートを上げようと思って、でもお前、甘いもの苦手だろ?だから、こんなのを作ってみたんだ」 「私のため、なんですか?」 「そう。もう絶対に忘れられないバレンタインにしたかったし」 「高耶さん・・・・・・・」 高耶のあまりにも可愛すぎる言葉に直江は今度こそ、高耶を抱き寄せようと手を上げた。しかし、それよりも早く、千秋が声をかける。 「・・・・おい、景虎、これ他の奴にやってないだろうな?」 「送ったぜ?小太郎と、高坂に」 どうせなら、他の人にもこの爆発的な味を堪能して欲しくて、高耶は作ったチョコレートをすでに送りつけていた。きっと、二人とも今ごろチョコレートを食べて、泣いているに違いない。 「高坂はとにかく、小太郎の食べる顔は見たかったなぁ。あいつでも顔を顰めたりすんのかなぁ」 護法童子も一緒に送って映像を送らせればよかったと、本気で惜しがっている高耶に、その場にいた全員、肩を落としたのだった。 その後は、こっちが本当のバレンタインのお菓子だといって高耶が持ってきたのはクッキーだった。どこも変哲な所のないクッキーだったが、先ほどの事もあって、皆戦々恐々と口にする。それでも高耶が太鼓判を押すように、そのクッキーはとってもおいしいものだった。ちなみに味はジンジャー、しょうがだ。やはり、甘くない、と言う点に重点を置いているらしい。その事に直江は再び深く感動し、それを見て、千秋と綾子は肩をすくめた。相変わらずのバカップルぶりだと思ったのだろう。 そんなこんなで、楽しい時間はあっと言う間に過ぎて行って、客の帰った部屋の片付けが終ると、ついついと、高耶が直江の方に近寄って来た。 「なぁ、直江」 少しだけ甘えるような高耶の声に直江が嬉しそうに振り返る。 「はい、なんでしょう、高耶さん」 近寄ってきた高耶を優しく抱き寄せながら、ふわっと高耶にだけ見せる極上の笑みを浮かべると、高耶は照れた様に頬をわずかに赤くさせた。そんな高耶に直江はさらに笑みを深め、優しく高耶の髪を梳く。 「バレンタインの贈り物、なんだけど、さ」 直江の手に気持ち良さそうに高耶は目を瞑る。瞑った瞼に軽くキスを落とすと、くすぐったそうに高耶は首を竦めた。 「色々考えたけど、他に何もなくて、だから」 チョコレートの事を言っているのかと、直江は苦笑する。 「もういいですよ。私が甘いものが苦手なのを知っていたからいろいろと考えてくれたんでしょう?」 「・・・そうだけど、違う!だから、その」 肯定してそれから否定する高耶の言葉に直江は首をかしげた。そうだけど違う、というのは一体どう言う事なのだろう。いっこうに高耶のいいいたことが分からない直江は、傾げた首がなかなか戻らない。そんな直江に焦れた高耶は、直江の腕の中から抜け出すと、逆に直江を引き寄せて、それから少しだけ背伸びして、チュッと触れるだけのキスをした。 「高耶さん?」 突然の高耶からの口づけに、直江は少しだけ驚いたように目を見張る。それから恥ずかしそうに下を向いてしまった高耶に自然と笑みが浮かんできた。これは、つまり、恥ずかしがり屋の高耶からのお誘いなのだろう。 「そんな可愛いことされたら手加減できませんよ?」 くすくすと笑いながらそう言うと、高耶はぽつんと、 「した事なんかないくせに」 と、呟いて、ぎゅっと直江に抱きついてきたのだった。 Happy , happy valentine ♪
* * * * * * * 今月のお題はバレンタイン。 ふとわさび入りのチョコを想像したのが運のツキ。 早速高耶さんに作っていただきました(笑) いかがだったでしょうか? 戻る |
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