--- cigarettes or kiss ? ---



熱帯夜の東京は、夜だと言うのにいっこうに気温は下がらず、蒸し暑さが増すばかり。
暑いが、風呂に入らなければ汗でべたつく体が気持ち悪い。かといって涼しいかと水風呂に入れば、出た後の暑さにさらに辟易とする羽目になる。
この時期になると風呂に向かう足取りが重くなる高耶を知っているから、直江は優しく高耶の背を撫でる。

――シャワーだけでさっと体を流していらっしゃい

直江の言葉に背中を押されるように高耶は毎夜浴室へと行っていた。


そう言う直江は今夜はすでにシャワーを終わらせている。
普段なら高耶の方が早いのだが、今日は松本に電話している内に遅くなってしまったのだ。それでその間に時間節約とばかりに直江は先にシャワーすませてしまっていた。

ただでさえカラスの行水の高耶はシャワーだけになるとさらに早くなる。あまりに出てくるのが早い高耶に以前直江は苦笑しながら、ちゃんと洗っているのか一度確かめてみたいですね。と言ったほどだ。
今日も五分と立たない内に出てきた高耶は空調の効いた部屋の空気にほっと息を吐いて、直江が用意してくれていたペットボトル入りの水を一気に半分ほど飲み干すと、ゆっくりと広い部屋の中を見回した。

「れ?直江は?」

風呂へと向かったときは確かにいたのに、今はリビングにその姿がない。わずかに首を傾げ、寝室かもしれないとリビングから続いている扉を開けて、寝室を覗いた。

「直江?」

だが、寝室の中は暗く、いるかどうかも判別できない。
それを見極めようと目を細めるとふわりとカーテンが揺れ、その向こうに赤いわずかな火の影が見えた。それに惹かれるように高耶は窓際へと歩を進める。

「直江?」

今度は先程よりも幾分確信をもって声を掛けると、案の定ベランダでタバコを咥えた男の姿を見つけた。

「もう、出てきたんですか?」

苦笑交じりの男の声に高耶はわずかに頬を膨らませ、男の横へと立つ。

「カラスの行水だからな」

睨みあげると直江は笑みを深め、タバコを持っているのとは逆の手で高耶の髪を梳いた。

「幾らなんでもカラスでももう少しゆっくりしていると思いますよ」

いつもの応酬に、いつもの愛撫のような手つき。それに気持ちがいいといわんばかりに高耶は目を緩く閉じる。
隣から香ってくるかぎなれたタバコの薫り。
肌から香る石鹸の薫り。
それに擦り寄るように高耶は身を寄せた。

「ここは少し風がくるんだな」

それなりの高さを誇るマンションのベランダだけあって、地上よりも幾分かは涼しい。特に今は風があるようで、昨夜よりは心地よい。

「えぇ」

こうやって暫く寄り添っていたが、ふと高耶が視線を上げた。

「なぁ、お前が吸ってるタバコってどんな味がするんだ?」

香りだけはすっかり馴染んでしまっているが、そういえば男の吸っているタバコを自分で試したことはない。自分が中学生のころや高校生のころ粋がって吸っていたのは男のように高いものではなくて、一番安いタバコだった。
見上げてくる高耶に直江は、小さく笑う。

「なんなら、一本吸ってみますか?後一本だけ残ってるんです」

高耶と付き合うようになってから一日の喫煙量が減った男だ。今では週に一箱、無くなるか、ならないか、という程度。仕事が行き詰まった時、高耶が傍におらず手持ち無沙汰な時、そんな時にしかタバコには手が伸びない。
後は、激しすぎる欲望で高耶を壊しそうになって、わずかに本能を抑える時に。だから、高耶は男のタバコの香りをよく知っている。

「いいのか?」
「どうぞ」

まさかもらえるとは思わなかった高耶は少しだけきょとんとしてから、首を傾げる。そんな高耶に直江は笑みを浮かべて、最後の一本を手渡した。

「火は・・・・・・」
「ん、いいよ。お前のもらう」

高耶はタバコを口にくわえると、胸ポケットに入れてあるジッポを取り出そうとした直江を制して、直江の方へと身を寄せる。妙に慣れたその仕草に思わず苦笑してから高耶が火を取りやすいようにとわずかに身を屈めた。
短くなっている男のタバコの先と高耶の新しいタバコの先が重なって、わずかな時間の後に、一本だった白い細い煙は二本へと増える。
深くタバコの煙を吸い込んで、それからゆっくりと吐き出す。

「・・・ふ〜ん、こんな味なんだ、ホントは」
「本当?」

不思議な高耶の言葉に直江は問う。すると、高耶はもう一度タバコを口にくわえてから、直江を見上げた。

「あぁ。オレにとってこのタバコの味って、お前の口移しだから」

さらりと言われた言葉に直江は思わずあ然として、それからそっと高耶の肩に手を回す。

「それで、どっちのほうが好み?」

高耶自身の口から直接味わうタバコの香りと、
自分越しに味わう間接的なタバコの香りと。

意地悪く聞いてくる男に高耶は口だけで笑うと、男が持ってきていた灰皿で付けたばかりのタバコの火をもみ消した。

「お前は?オレとするキスと、タバコとどっちがいいんだ?」

口付けをねだるように男に身を寄せて見上げてくる高耶に、直江もタバコの火を灰皿で消す。

「あなたと同じですよ」

耳元に深い声で囁いて、ゆっくりと瞼を下ろした高耶の唇にそっと唇を重ねる。幾度か触れるだけのキスを交わし、高耶がそれだけでは物足りないと赤い舌をちろりと唇から覗かせた。それを捉えるように直江は今までとは打って変わった激しい深い口付けを高耶に与える。
わずかに苦いタバコの味のする口付けに高耶は気持ち良さそうに喉を鳴らす。
飲み干せなかった雫が重なった唇からあふれ出て、高耶の頤を濡らした。

「せっかくタバコを吸ったのに、これでは意味がない」

長い口付けが終わって、肩で息をする高耶の首筋に舌を這わせながら、ふと直江が呟く。

「直江?」

柔らかい舌で舐めあげられ敏感になったところを軽く吸われ、それだけ散りそうになる意識を何とか手繰り寄せて、高耶は男の言葉の意味を問う。

「――我慢できそうにない。今日はひどくあなたを抱きそうだ・・・・・・」

パジャマのボタンに手を掛けながらそう笑うと、高耶は一瞬だけ体を硬くして、それから手を持ち上げ、直江の頬に手を添えた。

「抱けよ・・・・・・」

――オレもお前が欲しい

今度は自分から男の唇に噛み付くように口付ける。

「直江・・・・・・」



体にまとわりつくような熱が、二人を煽る。


熱帯夜はまだ、始まったばかり。




--- cigarettes or kiss ? ---







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