三月某日。都内某所。
前回も密談が行われたこの場所で、今日も今日とて、密談している怪しい二人組がいた。

「で、もちろん参加するでしょうなぁ」
「あたりまえだろ。誰にモノを言ってやがる。俺様は泣く子も黙る安田長秀様だぜ?」
「泣く子しか黙らすことが出来ないようでは、先が知れてますなぁ」
「うっせぇ、言葉のあやだろ、あや。信長だって俺様の手に掛かればちょちょいのちょいだぜ」
「ふ。笑止千万」
「んだとぉ!」
「と、まぁ、冗談はおいといて。それでは、おぬしも参加と言うことで」
「おう。喜んで参加せてもらうぜ。こんな楽しいことは久しぶりだしなぁ。にしても、なんだって突然こんなことしようと思ったんだ?」
「突然じゃないさ。バレンタインのお礼をしてなかったと思っただけのこと。どうせお礼をするなら強烈な方がされるほうも嬉しいでしょうしな」
「まぁ、確かに強烈ではあるよな。あっ、ところで、手伝うって言ったらくれる報酬って何なんだ?貰って損のないモノとか言ってたけど」
「ふふふ。絶対に損はしませんぞ。笑えること間違いなし」
「笑えるって、そんなにおかしいのかよ」
「まぁ、まぁ、とにかく実物を・・・ほれ」
「っ!!ーーー・・・・・・ぶっ!!ぎゃははは!!何これ、まさかこいつ直江か!」
「すごかろう」
「ひーひー!すげぇ、あ、あいつにもこんなことしてた時代があったんだな。ぎゃはは、おかしすぎる!ひらひらスカートはやべーだろー!!」
「じゃぁ、これが報酬ということで、頼みましたぞ」
「おう。任しとけって。この直江の女装写真の分は働かせてもらうぜ♪ちょうど、俺様の誕生日だしな」
「ほう、神とやらも意外に馬鹿ではない。一年365日のうちわざわざこの日を選ぶとはなぁ」
「どういう意味だよ!」





* * * * * * *



直江信綱様

拝啓。
ようやっと風も春めいてきた今日この頃、いかがお過ごしでしょうか?
さて、来るべき4月1日にお見せしたいものがございます。
よって、御時間の方、ご都合を付けて来ていただけたら、と思っているしだいです。
お待ちしております。

高坂弾正忠昌信




「怪しいな・・・」
直江は机の上に載せられた手紙を見つめながら、呟いた。
今朝偶然覗いたポストの中に落ちていた一通の手紙。やたらと丁寧な高坂からの手紙を見て、直江は溜息をつく。大体、都合を付けて見に来いと言うことは、行かなければそれなりのことが待っているという事を示唆していて、それだけで気が重くなる。
「4月1日・・・火曜、か。仕事の方も・・・入ってないな・・・・・・よし、後が怖いからやっぱり行こう」
行きたくない。出来ることなら行きたくない。が、予定も入っていないのに、行かなかった日には後が恐い。
溜息一つついて、直江は手紙を引き出しの奥の奥にしまいこんだ。



そして、4月1日。
いそいそと家を出て行く直江に、仕事に行く時はなんだか違う雰囲気を感じ取って、高耶はわずかに首を傾げた。が、いつまでも気にしていられるほど、高耶も暇じゃない。少しの間は気になってはいたのだが、やがて家事に忙殺されて忘れてしまった。

ぴ、ぴ、ぴんぽ〜ん、ぴんぽん♪
一通り掃除も洗濯も終わって、さて昼ごはんでも作ろうかと思ったまさにそのとき、まるで狙ったかのようにチャイムが鳴った。しかも、かなりふざけた鳴らし方だ。
こんなことするやつは一人しかいないと、高耶はインターフォンを取り上げると電話越しに声を張り上げた。
「うっせぇぞ、馬鹿千秋!」
「よぉっす。昼飯食いに来てやったぜ」
「誰がてめぇを呼んだ!」
「にしても、ようやっと春らしくなってきたなぁ。もう4月だもんなぁ」
「おい、こら、人の話聞け!」
「で、ドア開けてくんない?でないと勝手にお邪魔させてもらうぜ?」
「・・・・・・」


「ほらよ」
満腹になったおなかを抱えて、満足そうに笑っている千秋の前にお茶を置くと、高耶もその前に腰を下ろした。
あの後結局、人の話を全く聞く気のないらしい千秋を家に上げ、さらには昼ごはんまで作ってやって。なのに、千秋はお礼の表情一つ作ってみせない。もっとも、そんなものを求めていたわけではないから、というよりもあるはずがないと分かっているから、溜息一つですむが、それでもやっぱり腹立たしい。これが、4月1日でなかったら、ほっぽり出しているところだ。
「で、何でわざわざ何しに来たんだ?」
「ん?ちょっと、お願い事」
「願い事?」
「そ♪今日ってば、一年に一度っきりの俺様の誕生日なわけだ。だから、多少の我侭は赦される。いっつも大人しく人の言う事を聞いている俺様の唯一の休息日ってわけ。だから、今日は頼みごと♪」
大人しかった事などなかったくせにそう言い切る千秋の厚顔さに、呆れを通り越して感心しそうだ。思いっきり脱力して、肩を落とした高耶の前で千秋はさらに言葉を続ける。
「今から一緒に、出かけねぇ?」
「・・・・・・は?」
さっぱり繋がらない千秋の台詞に、高耶は千秋の顔を凝視する。一体、なんだというのだ。
誕生日プレゼントに買って欲しいものがある、というのならばわかるような気もするが、二日前の日曜日に誕生日祝いもかねて飲み会をして、そのときにプレゼントはすでに渡し終えている。ちなみにプレゼントは本人たっての希望によって、超厳選の内容だったから、文句もないはずだ。
どうもおかしい千秋の様子に高耶が首をかしげる。だが、その理由を問い質す間もなく、
「よし、んじゃぁ、そう言う事で行くか♪」
何がそう言う事なのか分からなかったが、千秋はそう言って、高耶を引きずるようにして、家を後にしたのだった。



「・・・で?何しにこんな所に来たわけ?」
よく分からないまま千秋の車に乗せられて、よく分からないままに連れてこられたのはどこかの私有地らしかった。広い敷地の中に桜の木が何本も植えられている。遅咲きの桜なのか、まだ咲いていない木々が一斉に花をつければ、さぞかし見ものだろう。
だが如何せん、花をつけていない桜の木はただの木で、見ていておもしろいものではない。
何もないあたりを見回す高耶は溜息混じりだ。
「まぁ、まぁ、そう溜息付きなさんなって。ここ咲くの遅いだろ?実はさ、ちょっと前まで憑いてたんだ、ここ」
「憑く?」
「そう。そいつのせいでまだ咲いてないってわけ。一週間ぐらい前まで蕾もついていなかったんだぜ?それを、この俺様が祓ってやったってわけ。そうしたらここの土地の持ち主さんが、桜が咲いたあかつきにはここで宴会開いてもいいって言ってくれてさ。だから、ここでお花見しねぇ?どうせだったら、あっちこっち人間呼んで、盛大にさ」
「・・・お花見の相談、ってか?」
千秋の台詞の内容を必要な所だけ抜粋して要約する。それに千秋は楽しそうに頷いて見せるが、第六感が思いっきり怪しいと告げていた。絶対にそんな可愛らしい理由のはずがない。それぐらい第六感なんか使わなくても分かるってものだ。
「・・・で?そろそろ本当の理由を吐いちまえよ。お前がわざわざオレの了解を得るほど殊勝じゃぁないのは、わかって・・・。・・・――?」
盛大な溜息の後に、高耶は言葉を続けたが、終わりまで言い切る前に訝しげな表情に変わる。どうも先ほどから、ちりちりとアンテナに引っかかってくるのだ。気のせいかとも思ったが、どうも違う。少しだけ眉を顰めた高耶だったが、ちりちりとした刺激物が非常に慣れ親しんだオーラを発しているのに気がついて、ふーんと心の中で呟いた。
だが、千秋は何に気を取られているのか、そんな高耶に気付かずにきょろっとわずかに回りを見回すと、楽しそうな顔でわざとらしく声をあげた。
「おっ、景虎、髪に何かついてるぜ?」
言葉と同時に高耶の髪に手を伸ばす。
そう来るか、とようやっとすべての合点がいった高耶は髪に触れてきた千秋の手をすかさず捕まえた。小さく、甘いなと呟く。千秋の目的はわかった。だが、生ぬるい。どうせやるなら、徹底的に、だ。
「景虎?」
高耶の気配が、突然がらりと変わった。それに気がついて、思わず千秋は手を引こうとするが、高耶に捕まれた手は解けない。
「千秋。オレからスペシャルバースデープレゼントをやろうじゃねーか」
不敵な高耶の笑い顔。それが急に近づいて、チュッと軽い音を立てた。



時間は戻って、三十分ほど前。
昼で仕事を切り上げた直江は、高坂に指定された場所に来ていた。
ところが、当の高坂はそこにはおらず、代わりに一通の手紙を店の者に手渡された。書いてあったのは、たった一言。

――下記の住所に行ってみる事だな。おもしろいものが見れる――



書かれていた住所を恐る恐る訪ねていって、やたらと広い敷地の中を歩き回って、ふと人の気配に気がついた。気が付いて、そちらを見遣った直江はそのまま体が硬直した。
――・・・高耶さん?それに長秀も?
逢引きでもするかのように仲良さそうにしゃべっている二人。思考が止まってしまって、それにさらに追い討ちをかけるように千秋の手が高耶の髪に触れ、その手に高耶が縋る。
そして・・・

「っ!!た、高耶さん!!!!!!!」

広い敷地の中に直江の叫び声が響いた。


木陰から飛び出した直江の顔はこれぞ、というほど真っ青だった。それを楽しそうにきゃらきゃら高耶が笑う。
だが、直江はもちろん千秋も笑うどころではない。本当はこんな直江の顔を自分も楽しむはずだったのに、とてもそんなのんきなことは言ってられない。呆然と自分の額に手をやって、そこに触れる。高耶が口付けてきた、自分の額に。
「長秀ぇ!貴様、私の高耶さんに何をしてくれる!」
「なっ、何をしてくれるって、してきたのは馬鹿トラのほうだろ!俺は被害者だ!!」
「よくも、ぬけぬけと!長秀、そこに直れぇ!」
「冗談じゃねぇ!!」
本気で《力》を繰り出しかねない直江の勢いに千秋が慌てて逃げ惑う。普段なら受けて立つ千秋もさすがに動揺しているのか、逃げるだけ。
それをやっぱり、楽しそうに見つめて、高耶は一人笑っていたのだった。


4月1日、エイプリルフール。
嘘をついても赦されるこの日。
直江と高耶をだまそうという千秋の目論みは敢え無く玉砕し、けれど大本の高坂は大いに楽しんだ。
手元にあるのは、隠し撮りした千秋と高耶のキスシーン。
ポラロイド写真で数枚。さらにデジタルカメラで幾枚か。

それを大事にしまいこんで、用途をあれやこれやと考える高坂の視界の先では、いまだ直江と千秋はぎゃ‐ぎゃ‐言い争っている。



エイプリルフール。
訳して、「4月馬鹿」、である。



《コメント》
千秋の役どころが美味しいと思うのは、
私だけでしょうか?
お誕生日と言う事で、
美味しい目にあっている(はず)の千秋でした(笑)


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