――生きる―― とはなんなのだろう。 ――生きている―― というのは、一体どんな状態の事を言うのか。 真人は、溜息をついた。 毎日のように、人の生死を垂れ流すTVを見ても答えなど見えてこず、余計混乱するばかり。 大体にして、自分が生きているのかどうかも分からないのだ。 まぁ、死んでいる気はないのだから、生きているのかも知れないが。 もう一度、胸の奥から溜息をついて、真人は視線を手元に落とした。 真人の手の中では、窓から迷い込んだ月光に照らし出された鉄の塊が、冷たく鈍く、存在を主張している。 己の掌にしっとりと馴染んでくるそれは、少し前まで母親しか握った事のない家庭用の包丁だった。 元の持ち主、は。 すでにこれを握るのに必要な肉体を持たない存在へとなってしまった。 決して仲など良くなかったはずなのに、父と二人、この家を永久に去ったのだ。 あまり面白くもない事を思い出して、再び溜息が込み上げてくるのを感じる。 けれども、今度はそれを形にする手間も惜しみ飲み込んで、真人は吸い込まれるように、光る刃に魅入った。 昔。 父親がひどく真面目な顔をして話してくれた言葉が、ふいに浮かんでくる。 いつの事だったのだろう。 それすらも曖昧なのに、父の言葉だけが印象深く、心の底に根付いた。 ――死を知らないのに、どうして生を知れたりするのだろう―― 今思えば、何かの本から知った言葉だったのだろう。 それでも、 その言葉と、父の顔を思い出して、納得せずにはいられなかった。 あぁ、そうだったのか、と。 自分が生を理解できないのは、死を経験した事がないからだったのだ。 そして、父と母はそれを理解しに行ったのだろう、と。 今、真人は今まで感じた事がないほど、凄烈に生きなくてはいけないと感じていた。 何故かは分からない。 それでも、自分が、他の誰かではなく、自分が生き残っているようなのだから、 自分が、生きなくてはいけない。 なのに、真人には肝心の“生”が分からない。 分からないものを実行できるはずもなく、このままでは、本当に自分が生きているのかも確信が持てない。 それでは、困るのだ。 けれども、今ようやっと、真人は一つの真実をつかめた。 生が理解できなかった理由と、そして、それを理解する為の方法と。 「死ねば、生が分かるんだよな」 あの言葉は、そういう意味だろう。 “死”を経験すれば、おのずと“生”も理解出来て、それはすなわち生きることに繋がるのだ。 真人は、鋭い光を放つ刃を、静かに眺める。 今、掌の中に“生”が、ある。 end 戻る |
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