美女 |
野獣 |
「本気かよ親父ぃ!!」 「・・・悪いな。本当に悪いと思ってる。けど、父さんも辛かったんだよ」 「んなこと知るかぁ!だったら、自分が行けばいいだろ!」 「そんなこと許されるはずないだろう?父さんも涙をのんで、出された条件を承諾したんだ。私の気持ちも察しておくれ」 「・・・!んなこと出来るかぁぁぁ!!!どうしてオレが山の上に嫁に行かなくちゃ何ねーんだよ!オレは男だぁ!」 悲痛な叫びが辺りに木霊したが、あいにくその声を耳にする者もましてや同意してくれる者などいようはずがなかったのだった。 事の起こりは一週間前。 とにかく賭好きの仰木家の父は、今日も今日とて、村の酒場で賭事に興じていた。 けれど、哀しいかな。下手の横好きとはよく言ったもので、好きだけれど実力がちっとも追いつかない。だから、いつだって父は負けを背負い込んでいた。 とは言っても、田舎の村での事だから、借金になるわけではない。負けても一日相手の言いなりになるとか、その程度のこと。 その日もいつものごとく負けこんだ父には、悪ふざけした村の連中からとんでもないことを言い渡されていた。 それは、村の果てにある城の庭から一輪のバラを取ってくること。言い出した方も酔っていれば、言われた方も酔っていて、言われるがままに胸を張り、父は出かけていった。 けれど、村の人々は知らなかったのだ。少し前までは誰もいなかったその城に今は住む者があることを。 そして、そこに住まう者が通常とは大きくかけ離れた存在であることも。 城を囲う塀のわずかな裂け目を見つけて、父は庭に忍び込んだ。 そして、バラへと手を伸ばしたその瞬間、お決まりのように彼は城の主に見つかってしまった。後は、命を助ける代わりに、自分の子供を城へと差し出せという要求を突きつけられて、命からがら逃げてきた、というわけだ。 仰木家には二人の子供がいる。 長男の高耶と、父兄ともに目に入れても痛くないほど可愛がっている美弥だ。本来、どう考えてもこの場合、城の主が男であるらしかったから女の子である美弥を差し出すのが妥当な気がしないでもないのだが、そこはそこ。美弥を溺愛している父親が美弥を差し出せるはずもなく、泣く泣く下した決断が『愛しい息子は千尋の谷へと突き落とせ』だった。もっとも、宣告された高耶も美弥の事を差し出すぐらいなら自分がその役を買って出るだろうが。 「・・・で、その城の主ってどんな奴だったんだよ」 めちゃくちゃ意地の悪そうな奴だったら嫌だよな、と思いつつ、高耶が尋ねると、父親は思わず言葉に詰まった。 本当のことを言っても行ってくれるだろうか?いや、行ってくれないに違いない。けれど、言わずに送り出して、無礼な発言をして、行った途端に殺されてしまうようなことはやっぱり人の親として、避けたいことで。 ぐるぐると悩んで、どっちをとっても一長一短で決断なんか下せるはずもなくて、困った結果ぽんと高耶の肩を叩いた。 「大丈夫だ。見たら分かる。それに話せばそんなに悪い人ではないと思うしな。高耶、何事も見た目よりも中身だぞ。いいか、父のこの言葉をよく覚えておきなさい」 そんなわけの分からない言葉を言われても、高耶の頭の中にははてなマークが渦巻くだけだ。 というよりも、どう考えてもこれは相手に問題がある、といった意味ではないだろうか?外見は問題があるけど、中身は話してみないと分からない、と。けれど、薔薇の代価に人間を要求するような奴なのだ、それでは中身もしれている。 「・・・・・・親父、やっぱオレ行かなくちゃなんねぇ?」 返事は分かっているけれど、思わずそう聞かずにはいられない高耶だった。 「お邪魔しまーす・・・」 小さな小さな自分の家とは比べ物にもならない大きな城の戸に、恐る恐る高耶は手を掛けた。重い重厚な扉が低い音を立てて、開く。そのわずかな隙間から首を差し入れて、そっと中を覗きこんだ高耶は目に飛び込んできたあまりにきらびやかな空間に思わず口を開けた。 「すげぇ・・・」 こんな所に住んでいたら、目が痛くなりそうだと、そんなことを考えながら、誰もいない広間へと静かに足を踏み入れる。第一に、掃除が大変だろうと思うのだ。 (もしかしたら、掃除させる為に人手が必要だったのかなぁ) そんなことがありえるはずもないけれど、それならどんなにかいいかと思う。 そのとき、タイミングを見計らったように声を掛けられて、高耶は驚いて飛び上がった。 「仰木家の子供は、あなたですか?」 「あっ、そ、そうだけど」 心臓に悪いから後から突然声をかけるのは止めて欲しいと思いながらも、何とかそう答え、高耶は声を掛けてきたこの城の主を振りかえる。 そうして、まず視界に入ってきたのは、たくましい胸板。そして、顔を求めて見あげた高耶の目に映ったのは、毛むくじゃらの野獣の顔。あまりに自分の見たモノが信じられなくて、唖然とし、そのまま視線を下へと移していくと見えてくるのは擬人化した動物の手足、そして尻尾。 物語に出てくる野獣とは確たるものかと思わずにはいられないような、その容姿。 意地が悪そうだとか、そんなレベルの問題ではない。 クラクラと視界が回るのを感じる。 「・・・まじ?」 零れた言葉は、驚きのあまり、その一言だけだった。 もっとも、女の子じゃないから、幽霊を見ようが、化け物を見ようが腰を抜かすような事はしない。それが、きちんと人の言葉を解して、人の世の常識にある程度でも縛られているようならなおさらだ。 だから、自分の想像からかなりかけ離れた城の主を見ても、高耶はほんの暫く放心しただけですぐに我に返った。というか、無理矢理に正気を呼び戻した。こんな所に来てまで、恥をかくのは遠慮したい。 そんな高耶の心意気をどう感じたのか、城の主は高耶の態度について問いただすことはなく、笑みを浮かべた。 恐いようにしか見えない野獣の顔も笑って見せれば多少の愛嬌がある。・・・ような気がする。 パニックから完全に立ち直っていないのか、高耶は頭の端でそんな場違いのことを考えながら、野獣の顔を見上げた。 「で、オレはどうしたらいいわけ?」 「何も。どうぞ、この屋敷の中で寛いでください。私の見た目が恐ければ極力あなたの前には現れませんので。ただ、一緒に食事だけでもしてもらえたら嬉しいのですが」 野獣の癖に腰にくるような声でそう告げられて、高耶は迷わず頷く。大体、この城に来た時点で、自分の命も何もかもが目の前に達る城の主の手ににぎられているようなものなのだ。食事を共にというぐらいのこと、許可を求められるようなことではない。 こうして、高耶はこの城の住民として、新たな生活を始めることになったのだった。 |
SEO | [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送 | ||