夢櫻〜sakura〜

闇は、すべてを覆い隠す。すべてを飲み込む。 己の存在すらも。 オレはいつからここにいるのか、いつまでいるのか。 誰も、自分すらも存在していないようなこの闇の中に。 自分の名前すら、なくしそうなこの場所で、お前だけを思う。 お前だけは消えない。 お前だけはなくさない。なくせない。 それ以外なら、何を捧げてもいい。 ―――――なおえ・・・―――――――
   「ねぇ、桜見に行かない?」  「桜?ねーさん、友達と夜桜見に行ってきたんだろう?」 今までの会話の流れと全く関係のない話が、綾子の口から上っても特に驚くでもなく、高耶はそう聞き返した。  「まぁね。でも、皆考える事って同じなのよねぇ。   おかげで、桜を見に行ったんだか、人を見に行ったんだか、わかんなかったわよ。」 あまりに綾子らしい感想に高耶は苦笑する。 そんな高耶の隣から千秋が会話に入ってきた。  「でも、この時期だから、昼間でも混んでるとおもうぜ。」  「かなぁ。」  「間違いないね。」 千秋に言い切られ、綾子は残念そうにため息をつく。  「そう言えば、オレも今年は見てないな。」 綾子につられるように高耶が言う。  「・・・私の知ってる場所でよければ、そこに行きませんか?」  「えっ、直江いい場所知ってのか?」 直江の声に反応して、高耶は嬉しそうに直江を振り返った。  「えぇ、ただ設備なんかは何もないので、夜は無理ですし、屋台なんかも出てませんが。」  「全然いいって!なぁ、ねーさん。」  「うん!ねぇ、どうせなら色部さんも誘わない?久しぶりに、皆で集まって、お昼でもそこで食べたらいいじゃない。」  「とっつぁん?いいねぇ。でも、今からだろ?あの人忙しいからなぁ、来れっかな。」  「色部さんには私から連絡してみよう。それで、行くんだろう?」 直江に問われ、綾子はもちろんっと嬉しそうに答えた。  「とっつぁん、こっち、こっち。」 高耶たちが桜園に着いてから十分ほどして、色部も到着した。 こうして、夜叉衆皆が一同に会するのは久しぶりの事だ。  「長秀、お前は相変わらずだな。」 苦笑しながら、近づいてきた色部は高耶のほうに向き直り、  「景虎殿もお元気そうで安心しました。風邪で倒れておられたと、聞いていたのですが。」 色部の言うとおり、高耶はこの間まで熱があり、外に出れなかったのだ。 だから、今年の桜は今日が見初めになる。  「・・・直江か・・・。全く、余計な事を。」 熱で倒れていたなど知られたくなかった高耶は小さく舌打ちする。  「何?お前倒れてたの?」 高耶をからかうネタが早速出来たとばかりに、千秋は嬉しそうに高耶に話し掛けてくる。  「うるせー。お前には関係ないだろ、千秋。」  「やだねー、むきになっちゃって。どうせ、お前の事だから、直江に甲斐甲斐しく世話をさせたんだろう?」 高耶の怒りをあおるように言う千秋に高耶は拳を震わせている。  「黙れ!この馬鹿!!」  「おっ、図星?」   「千秋!!」  「長秀。それぐらいで止めとかないと、お前の昼飯はないからな。」 さらに何か言いかけていた千秋を直江が止める。  「うげっ。それは遠慮しとくわ・・・と言うわけだから、ばか虎、続きは後でな。」   「なっ!ばか虎だとぉ!」  「高耶さん。こんな馬鹿相手にしていては馬鹿が移りますよ。   そんなことよりもご飯を食べましょう、ね。」 直江に諭され、高耶もしぶしぶ頷く。  「じゃぁ、食べましょう。時間がなかったからあまりたいしたものは作れなかったけど。」 そう言って、綾子が出してきたのは重箱に入った五人前の昼食だ。 これだけのものを良くあの短時間で作れたものだと、高耶は感心した。  「じゃぁ、頂きます。」 
遠くで、お前がオレを呼んでいる・・・・・・ なおえ・・・・・・ 何度でも、呼ぶから同じだけ、オレの名も呼んでくれ。 それだけでいい。 お前がオレを呼ぶ。ぬくもりを与える。 それだけで、いい。 なおえ・・・
久しぶりに集まっただけあって、話題は尽きない。 近状に、それに対する愚痴や、ちょっとした笑い話。 楽しい時が、和やかに流れていく。  「あぁぁ、やっぱ、花見と言えば、酒だよなぁ。とっつぁんもそう思うよなぁ。」  「さぁな。私はどっちでもいいが。」 話を振られても、色部は笑ってまじめに取り合わない。  「なんだよぉ。冷たいなぁ。やっぱ、買って来ーよーっと。」  「ちょっと、長秀!私達はお酒を呑みにきたわけじゃないんだからね。」 何をしに来たのか、忘れてるんじゃないか、と責める綾子に千秋は笑いながら、応じる。  「花見だろ?分かってるって。んで、花見と言えば、酒でしょう。」  「そんなに、お酒を呑みたいんだったら、夜に来ればいいでしょう!おじさん達がいっぱい呑んでるわよ?」  「そんなのごめんだね。大体な、文句ばっかり言ってけっど、お前俺が酒買ってきても呑まないのかよ。」 千秋に逆に言い返され、綾子は返事に戸惑う。 酒を呑むのが好きな綾子がそこに酒があって、呑まないでいられるはずがない。 しかも、辺りは満開の桜で溢れてる、という酒を呑むにはもってこいの状況で、だ。 そんな綾子の考えはお見通し、とばかりに千秋は  「ほーら。答えらんないじゃないか。俺は買いに行くからな。」 そう、言い置いて立ち上がる。 そのまま歩き出した千秋に綾子はしばらく悩んだ後、「私も行く。」と、走ってついていったのだった。 酒が入ったせいで、先程よりも数倍高い笑い声が辺りに響く。 笑い声の主は綾子だ。 先程、酒を呑むと言った千秋に反対していた事など、忘れたかのように、酒を口に運んでいる。 色部は笑いながらそれに付き合い、直江も仕方ないな、という顔ですこし離れた所から見つめていた。 高耶も最初の方こそ付き合っていたのだが、上がる一方の綾子と千秋のテンションに今ではため息しか出ない。 少し歩いて来ようと、立ち上がった高耶を綾子は目ざとく見咎める。  「ちょっとぉ、景虎、どこ行くのよぉ。」  「・・・いいからお前らは勝手に呑んでろよ。オレは桜を見てくる。」 そう言って、高耶は付いて来ようとする直江を目で制して、一人歩き始めた。 後ろからは「景虎がつめたいぃ〜」と拗ねたような綾子の声が聞こえてくる。 それを敢えて無視して、高耶は奥へ、奥へ、と足を進める。 来た時も思ったが、かなり広い。 彼らの笑い声が聞こえなくなるほど遠くに来ても端には辿り着かないのだ。 何気なく辺りを見渡して、高耶はふと一本の木に目を引かれた。 それは他の木よりも一回りほど小さい。 にも拘らず、まるで辺りの木に舐められまいと、精一杯背伸びしているかのように花をつけている。 その様子がかつての自分のようで知らず苦笑がこぼれる。 木の下に置いてあるベンチが目に入り、高耶はそこに座り込んだ。 まるでそれを待っていたかのように、暖かい風がふわっと、高耶を包み込む。 目に映るのは淡い色をした桜。 耳元では桜を歌う鳥のさえずりが響く。 風が運んでくる花びらと己の姿を誇っているかのような桜、その間から見える空。 そんな自分達が生まれてくるよりも昔から、いにしえから絶えることなく繰り返されてきた“自然”を、 高耶はただその目に移していた。  (生きてるんだ・・・) ふと、そんな事を思う。 自然と溢れてきそうになる涙を止める事もなく、高耶は目を閉じた。 瞼の裏では直江が幸せそうに笑いかけている。 それが、泣いているようで・・・  (直江・・・) 暖かい風につられて、眠気が襲ってくる。 それに逆らうことなく身を委ね、高耶は眠りの闇へと落ちていった。
この世が、果てしない闇に包まれていてもお前の顔だけはオレの目には映るだろう。 例え、すべての音が吸収される世界でもお前の声だけはオレの耳に届くだろう。 絶対零度の救いのない生き様でも、お前のぬくもりだけは感じられるだろう。 直江・・・ 小さく呼びかける声に、響く小さな返事。 発信源は己の記憶(おもい)。 直江、直江、なおえ・・・ 呼ぶたびに大きく、鮮明になっていく返事はやがて、持ち主のぬくもりさえも伝えてくれるだろうか? くだらなすぎる願い。 声はそれ一つでは熱など持ちようがない。 それを発する人がいて、初めて宿るものだ。 それでも、呼ぶのをやめられない。 ――――――・・・・・・なおえ・・・――――――――――――――――
 「高耶さん、起きて下さい。いくら暖かくても風邪をぶり返しますよ。高耶さん?」 肩に感じるはずのないぬくもりを感じて、高耶は眠りから戻ってきた。  「なおえ?」 現実と夢の境目で高耶は問う。  「はい。そうですよ。」 寝ぼけているらしい高耶に軽く断って、直江は隣に腰を下ろした。 先程まで求めていたぬくもりに高耶は目を閉じる。  「高耶さん?眠いんですか?」  「いや。ただ、何となくな・・・」 眠くない、と言いながらも眠そうに答える高耶に直江は小さく笑う。  「桜、綺麗ですね。」  「うん、そうだな。でも・・・」  「でも?」  「・・・散ってく桜は、つらいな・・・どんなものでも、やがて終わりがくるという事を自覚させられる。」 いつのまにか目を開けていた高耶が呟いた。 さっき、咲く桜と散る桜とを見て、世界は生きていると感じた。 そのとき感じた泣きたくなるような想い。 やがてくる“終わり”に例外はない。 高耶の言葉の裏にあるものを読み取って、直江は高耶の手を固く握り締めた。  「俺は、決してあなたから離れません。ここにある想いは消えたりしない。」  「そう、だろうな・・・。」 直江の揺らぎようのない言葉に高耶は悲しそうに笑って、言葉を続ける。  「最近、よく夢を見るんだ。暗闇の中で、お前を求める夢。    何度も、何度もお前を呼んで、自分の中にあるお前の姿を再生させて。   でも、本物はどこにもいない。返事は本物からは返ってこない。   自分が誰かさえも忘れてしまうのに、お前がいないという事だけは分かってて・・・」 痛そうに言葉をはく高耶がつらくて、直江は口づけで言葉を奪う。  「・・・高耶さん、高耶さん、高耶さん。   俺は何度でもあなたの名前を呼びます。   あなたが己を忘れると言うのなら俺が思い出させる。   何度でもあなたに口づけて、抱きしめて。五感すべてで、あなたがここにいる事を教えてあげる。」  「夢が」 直江は何かを言いかける高耶の言葉を無理矢理さえぎる。  「夢の中だろうと、俺はあなたを抱きしめに行って見せます。そこであなたに口づける。   散る桜がつらいと言うのなら、散る桜の元であなたを抱きしめる。   高々、数週間の命しか持てない桜の華に俺の想いを見せ付けてやる。   なんでしたら、ここで抱きましょうか?そうすれば、あなたも永遠を信じられるかもしれない・・・」 直江はそう言って、隣に座っている高耶に自分の方を向かせ、口づけた。 言葉の剣呑さとは裏腹に口づけは甘い。  「ん・・・。」 優しく口の中をまさぐられ、その暖かさに涙が溢れてくる。 それに気付いた直江は唇から頬へと舌を動かし、流れる涙をすくう。  「なおえ・・・」 小さく、甘い声が直江を呼ぶ。 それに応える声はさらに甘い。  「高耶さん・・・・・・」     「皆のところに戻りましょうか。」 しばらく見るともなしに桜を見ていた直江は思い出したかのように、高耶に問う。 そろそろ、戻らなければあの二人を一人で相手をしている色部に恨まれそうだ。  「そう、だな・・・」 少し名残惜しそうに呟く高耶に直江は、   「今度は、二人で来ましょう。夜にでも。誰もいない時に。」 と、耳元で囁いた。 高耶は先程の言葉を思い出して、顔を赤く染める。 そんな高耶を愛しそうに見て、直江はベンチから腰をあげ、高耶に手を差し伸べた。  「さぁ、行きましょうか」  「あぁ」 その手を取る高耶の顔には先程までの悲壮な色はない。    「いつかまた、二人で来ような・・・」 高耶の声は風に乗り、はるか先の二人に届く・・・・・・
3000番リク小説、いかがだったでしょうか? 今回のテーマは花見でした。 中身はいつものごとく、でしょうか(笑) 表現力なさに泣くしか・・・ それでは、本編の二人が桜を見れることを願って・・・ 書室に戻る
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