例えば、こんなextra

〜前編〜



「お前って、飯作んの上手いよな」

手際よく手元の野菜を刻んでいく千秋に、高耶は感心しながら呟いた。
一見遊び人風で、食事なんかコンビニで買えば十分って感じな千秋だが、晩ご飯は必ず手作りで、しかもその料理をするのは母親での茜ではなく千秋なのだ。だからなのか、千秋の料理の腕はなかなかだ。
始めこそ、飯を食わせてやると言われて逃げようかと思ったが、今では喜んでご相伴に預かるぐらい信用している。なんと言っても無料だし、自分で全てをするよりも数倍楽だというのも魅力的だ。
もっとも後片付けはやらされるのだが。

「あぁ?なんか言ったか?」
野菜を刻む音に阻まれて聞こえなかったのか千秋は軽く後ろを振り向きながら聞き返してくる。
「いや、相変わらず手際がいいなと思って」
「当たり前だろ。でなけりゃ、生きてけないからな。俺様の黄金の腕と万年食事当番なのにはな」
「海より深く、山より高いわけがある、だろ?」
料理の話になると千秋が必ず口にする科白を高耶が先回りする。いい加減、耳たこだ。
それに千秋は舌打ちをして、力任せに人参を真っ二つにする。どうやら、自分の科白を先取りされたのがお気に召さなかったようだ。
そんな千秋に軽く肩をすくめて、
「なぁ、でその経緯を聞いたことないんだけどさ」
と、美味しい食事の確保の為と、好奇心と半々な気持ちで高耶は訊ねた。
聞かれた質問に千秋は嬉しそうに包丁片手に振り返る。
「・・・知りたいか?」
にまぁと笑って聞いてくる千秋に高耶は少し早まったかな、と後悔が浮かんできたが今さらだ。まさか手にしたその包丁を振り回すほど興奮したりはしないだろうと、千秋の常識というか理性に祈りを込めながら高耶は頷いた。
「まぁ、それなりには・・・」
それでも、返事はかなり消極的だといえる。
しかし、いったんその気になった千秋にはそんな消極戦法が役に立つはずもない。
にまぁっと笑った顔をさらににやけさせて、千秋は嬉しそうに頷いて見せた。
「そうか、そうだろうなぁ。よし、そこまで言うのならば語ってさし上げようではないか」
包丁も持ち直して、千秋は思いをはせるようにわずかに天井を見遣る。
「確かあれは、中学に入ったころだった思う」


★★★   ★★★   ★★★


「ただいまぁ」
いつも通り学校が終わるとすぐに家に帰ってきた千秋は、自営の喫茶店の裏続きになっている自宅の玄関で家の中に誰もいないのを承知でそう呟いた。これも茜のスパルタ教育の一環で身についた癖だ。もっともついて困る癖ではないからあまり気にしたことはないが。
キッチンを通って自室に向かおうとした千秋は、ふと出かけにはなかったはずの紙切れをテーブルの上に見つけて、足を止めた。不思議に思いながらその紙切れに目を通した千秋は読み終わると同時に掌で握りつぶして、喫茶店の方に怒鳴り込んだ。喫茶店にはなじみの客と楽しげにお茶をしている茜と、ほかに二・三人客がいる。どれもよく見る顔だ。しかし、それらを素通りして、母親である茜のもとに千秋は歩を進める。そして、目の前にたった今握りつぶした紙切れを突き出す。
「お袋!!今日の食事当番おふくろだろ!」
千秋が広げた紙切れにはいくつかの食材と今日の晩ご飯のメニューと思しき、ものの名前。そして、『よろしくネ』と、書いてある。
それを一瞥して、茜はにっこりと微笑んだ。
「うちにはお袋なんかいないって何回言ったら分かるのかしら?このバカへーは」
にっこりと微笑んでいる茜からは異様なオーラが立ち上がっている。
それに千秋は押されそうになるが、ここで負けては男が廃るとばかりにきっと顔を上げた。
「お袋はお袋だろ!」
千秋の言葉に茜の周りの空気がピキッと音を立てて凍りつく。
それを感じて、変な意地を張るんではなかったと千秋が後悔を抱く前に、茜の手が伸びて千秋の両頬を力いっぱいに引っ張った。
「可愛げがないのはどの口かしらぁ?」
ほとんど、東北で見られる“なまはげ”ののりだ。これで包丁を持っていたら完璧だろう。
「いっ、いひゃ・・・」
「んー?この口だったかしらねぇ」
「ヴ〜・・・もう、言いまひぇ、あきゃねしゃ・・・」
「綺麗で賢くて優しい茜様」
茜の言葉に客達の間でも笑い声が起きる。
それを「なにか文句あるかしら」と笑いかけておいて、自分の手の中でもがいている千秋に視線を戻す。
しかし、千秋のほうも今の茜の言葉に黙り込んでしまったようだ。
「・・・」
「あらぁ、何か異論があるようねぇ」
先程よりも五度は下がった茜の声色に千秋は慌てて首を振ろうとするが、生憎口を茜に押さえられていて、動かそうにも動かない。
「・・・きれいできゃしこくて、やひゃひい茜ひゃま・・・」
「よろしい」
両頬を押さえられている為、何を言っているのかいまいち不明瞭だったが、それでも茜は満足したのか、にっこりと笑った。それでも、最後にとどめの様に思いっきり引っ張るのを忘れない。
それだけでとりあえずは気が済んだのか、茜は嬉しそうに笑いながら客達の方を向き直った。その後でようやっと解放された頬を千秋はそっと撫でる。顔が歪んだらどうしてくれるんだと思うが、余計男前になったわよと、にっこり微笑まれるに違いない。それとも、それは根性が曲がっているからでしょうと逆に言い返されるだろうか。
・・・どこが優しいんだか
思わず、心の中の言葉が表に零れる。
その言葉をきちんと拾って茜がくるっと千秋のほうを向いた。地獄耳だ。
「何か言ったかしら、しゅーへー?」
それにこれ以上何かされてはたまらないと、千秋は両頬を掌でカバーし、思いっきり首を振る。
「いえ、何も!」
ほほえましい親子の会話に傍観する客達からどこか楽しげな笑いが漏れてきて、千秋はちぇっと舌を打つ。聞いていたのなら、少しぐらい助けてくれても罰は当たらないと思う。もっとも、罰の代わりに茜の絶対零度には触れることになるかもしれないが。
そんな考えてもしょうがないことを考えていて、千秋はふとここに来た理由を思い出して、声を上げた。
「だぁー!!違う、こんな親子漫才するために店に来たんじゃねー。おい、おふく・・・あ、かねさん・・・」
思わず言いかけて、茜の鉄拳が飛んでくる前に言いなおす。
「茜さんが今日は食事当番ですよね?」
言葉づかいまで丁寧なのは茜の気を損なわないようにする為だ。
そこまで怖れるのならば、食事当番ぐらいで突っかからなきゃいいのだが、そこまでは頭が回っていないし、考えもいたっていない。
そこら辺はいくら大人びているとはいえ、所詮中学生で、あの頃は俺様も可愛かったとは千秋曰くの後日談だ。
とにかく、本来の用事を思い出した千秋は再び紙切れを茜の前に広げた。
「これ、どういうわけだよ」
「なにって、今日の晩ご飯でしょ?」
何を当たり前なことを言っているのと、千秋が何を尋ねてきているのかを分かっててわざとそう答える。
「違う!そういう事を俺は聞いてんじゃねぇ!今日は茜が食事当番だろ!どうして俺が作んなきゃいけないんだよ!いつもいつも!!俺はな、学校の勉強もしなけりゃなんね−し、アイロンもかけなきゃいけねーし、風呂の掃除も部屋の片付けも洗濯もあるんだぜ?あぁ、そう言えば回覧板も出さなきゃなんねぇ」
分かってんのかよ!一気にまくし立てて、千秋は肩で息をする。
それを聞いてなじみの客達は楽しそうに笑う。彼等は千秋がこれらの家事をする羽目に陥った理由を目の前で見て知っているのだ。
「修平君、またやられるよ」
からかい交じりの言葉に千秋は肩を揺らす。
「・・・やられません!」
拳を握り締めて、そう言い切る千秋に茜は楽しそうに腕を組んだ。
「へぇ、修平ったら自信満々ねぇ」
どうやら、茜の方がやる気になってしまったようだ。
「なんならやってみる?」
「げ・・・」
うれしそうな茜の言葉に千秋は顔を歪める。出来れば、流れをそちらに持っていかずに話をつけたかったのだ。
たしかに話がこちらに流れれば、上手くいけば食事当番から解放されるが、上手くいくことなどおそらく太陽が西から上ってもあるまい。その事を身を持って千秋は知っていた。
「あら、もしかしてさっきの自信は見掛け倒しなのかしら?」
顔を歪めた千秋をからかうように言う。このまま持っていってしまえという茜の魂胆が丸分かりだ。だが、分かっていても引ける時と引けない時があって、この場合引けない時に部類したであろう。いや、もしかしたら引けたかもしれないが、それでは千秋自身の矜持に関わるのだ。
不遜な笑みを浮かべて、千秋は茜に向き直る。
「そこまで言うならやったろーじゃないか。俺様のテクでひーひー言わせてやるぜ」
「あらぁ、逆に言わされなきゃいいけどねぇ」
親子のものとは思えない会話に客達の間から笑い声が零れる。
面白い時に居合わせられたと思っているのは明白だ。

こうして、二人の戦いは火蓋を切って落とされたのだった。

〜後編に続く〜


はい、というわけで、『例えば、こんな』シリーズ番外編、千秋と茜さんのお話です。
魁さん、少しはご期待にそえたでしょうか?

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