日 常  事 件


 「おい、ばか虎!いいかげん起きろよ」
心地よい眠りに意識を委ねていた高耶は、肩をゆすられる感覚にうっすらと目を開けた。
 「・・・なんだよ・・・」
邪魔するものは容赦なく叩き潰すと言っているような声で高耶がうなる。しかし起こしに来た人物はそれしきの事でびびるような神経は生憎持ち合わせておらず、凄む高耶の後頭部を手に持っていたノートで一発殴りつけた。
 「なに凄んでんだよ、ばか虎」
 「ばかばか言うなよな、あと人の頭をもので叩くな!」
無理矢理起こされて不機嫌な顔で高耶は突っ伏していた机から顔を上げた。顔を上げ、とりあえず文句を言って、それからふと周りに他に誰もいない事に気付く。
 「あれ、他の奴らは?」
あまりにも抜けた高耶の質問に千秋は、はぁ〜とわざとらしいため息をつく。
 「もうとっくに帰ったか、部活に行ったぜ・・・今何時だか分かってんのかね」
そんな事を言われても起きたばかりの人間に今の時間などわかるはずがない。しかし、千秋の言葉からすでに放課後に突入している事を知る。最後に記憶にあるのが古典の教師の顔だから、五時間目から六時間目を通り越し、ぶっ通しで寝ていたらしい。自分でも呆れるほどよく寝ている。
 「ん〜っ・・・」
まだいくらか残っている眠気を背伸びして散らして、高耶は机の中の教科書を鞄に詰めていく。もう授業が終わっているのなら、こんな所にいる理由はない。
そそくさと帰り支度を始めた高耶に千秋は再びため息をついた。
 「起こしてくれた俺様に何も言わずに帰り支度を始めるか?」
 「あんな起こし方をしておいて、礼を求めるのは間違ってると思うぜ」
なんせ、起こされたばかりの耳に届くのは『ばか』だったし、手持ちのノートで殴られるし・・・
ぶちぶちと文句を言っていた高耶は、ノートの所でふと思考を止めた。
何で千秋はノートを持っているんだ?
所詮座敷童に過ぎない千秋は基本的にノートは取らない。それにもともと勉強は出切るほうだったらしく、これで意外と成績はいいのだ。それが高耶にしてみれば、悔しい事この上ないのだが、だからと言って勉強をする気もないのだから、どうしようもない。
 「・・・なぁ、どうしてお前がノート持ってんだ?」
椅子に腰掛けている高耶は自然見上げるような格好になりながら、千秋に問い掛けた。
 「あっ?あぁ、ようやっと気付いたか」
自分も今の今まで手にしているものの事など忘れていたのに、そんな事は棚に上げて千秋はニヤッと、笑う。
 「なんなんだよ、その笑いは」
何となく、薄ら寒いものを感じて高耶は眉を寄せた。
 「さて、手に取りたるこのノート。よくよく見れば、きったなーい字で、仰木高耶と書いてあります」
 「なっ、オレのノートかよ!!」
 「はいはい、感想は後でね、料金も後ほど現金で頂きます♪」
なにやら調子に乗ってきている千秋の手からノートを取り上げようかと思って、高耶はすぐに思い直す。そんな事をすれば、千秋の思う壺になるに違いない。
こんな奴はほっといて、さっさと帰り支度を済ませようと再び手を動かし始めた。しかし、その手は千秋の妙な口上と高耶の中に現れた奇妙な引っ掛かりとによってすぐに止まる。
授業中に寝てしまったのに、机の上にはノートがなかった。いくら高耶でも教科書は忘れたからなかったけど、ノートは机の上に出していたはずだ。しかも、珍しく予習をしっかりしてあったやつ。何故なら、本日が提出日だったのだ、古典のノートは。
 「お題は古典、雨の代わりに矢でも降ってきそうなほど丁寧に予習がしてあるのです」
 「なんで、お前がそれ持ってんだよ!!今日提出日じゃねーか!」
とりあえず、ノートを出しさえすれば、平常点で三十点をくれるからこそ高耶はノートを持ってきているのだ。しかし、そんな高耶の叫びを無視して千秋は口上を続けていく。
 「私の席はくしくも彼と同じ列の最後尾でありまして、
  今日もいつものようにノートを後から集めていたのでございます。
  すると、彼はすやすやと爆睡しておられ、起こすのさえも忍びなく、
  心優しい私は、そっと彼の体の下からノートを取り出したのでございます。
  しかし、開けてあるページを見ると、表の汚い字とは大違い、
  なんとも上手な字が書いてあるではありませんか。
  丹精で彼の字とはかけ離れたその文字は間違いなく・・・」
 「千秋ぃぃ!!」
くだくだくだと、口上を続ける千秋にとうとう高耶は切れて、椅子から立ち上がった。
 「早く用件を言え!」
ぎろっと睨みつけられて、千秋は軽く肩をすくめる。
 「だから、旦那の文字が残ってたから出さないでやったんだろうが」
 「・・・直江の文字?」
 「そ、何それともお前、こーんな文字を載せたまま、先公に見せたかったか?」
こんな字と言われるような内容に憶えのない高耶は、顔をしかめながらノ−トを千秋の手から奪う。
 「最初のページだぜ」
古典のノートは見開きを一単位として使うので、最初のページは白紙となっている。言われるままに始めのページをあけて、高耶は己の目を疑った。
何も書いていないはずのページにつらつらと何かが書いてある。その文字は確かに見慣れた直江の文字だ。
しかし、問題なのは書いていないはずのページにものが書いてあることではなく、その内容なのだ。
思わず、目を擦り頭を掻いて、何とか内容を把握したら今度は顔を一気に赤く染めて、それから怒りを抱いて、それから思わず脱力してしまう。
そんな書いた人である直江の神経を疑ってしまうようなそんな内容が、かなり問題あり、だ。
脱力して、何を言えばいいのか分からなくなって、高耶は思わず
 「・・・あいつは詩人か?」
と、彼の職業を知っているにも拘らず、訊ねてしまう。それに、千秋も重々しく頷いてみせた。
 「実は俺もそれは思った。だけど、四百年一緒にいるが、あいつが詩人だった事は一度たりともない!!」
そんな事は千秋に言われなくても高耶にも分かっている。だが、それと同時に詩人でも使わないだろうと赤面してしまうような言葉を平気で口にすることも知っていた。
 「いっそ、ここまできたら感動するな」
ため息交じりに高耶の言葉に、千秋は感動するが俺の知らないところでやって欲しい、とかなり本気で応じる。それは高耶にしても同感だが、そうも言ってられないのが実情だ。
 「それで、どうしてこんなとこにダンナの文字が書いてあるんだ?」
 「・・・先週の日曜日、一緒に予習したんだよ。今日提出なのが分かってたから・・・」
 「はっ?じゃぁお前、一週間もこれに気づかなかったわけ?」
 「悪かったな、大体どこにノートを開く時に一ページ目から開けていく奴がいるんだよ」
 「いや、そういう問題じゃなくて、普通は何か書いてあったら目に止まるだろう・・・。・・・・・・」
途中で言葉を切ったかのような止まり方に高耶は不思議そうに千秋のほうを見る。すると、暫くして「そうかそうか」と、一人嬉しそうに納得し始め、高耶は思わず身を引いた。関わらない方がいいような気がする、と荷物を詰め込んだバックに手を伸ばしたとき、唐突に千秋は爆笑し始めた。
 「ひーひーひ・・・・・本当にお前らっておもしろいわ!あぁ、おかし」
ばかにされていると感じた高耶は手の動きを止め、千秋を睨みつける。直江なら何を言われても、この件に関しては自業自得だ。だけど、自分までもがバカにされる謂れはない。
 「何が言いたい・・・」
睨みつけて、他の人間ならば逃げ出すような低い声で訊ねてくる高耶に千秋はさらにおもしろそうに笑う。
 「お前、このノート開けたことねーだろ。絶対に」
 「・・・?だからなんなんだよ」
 「それって、開けられなかったんだろ?開けたら直江の事思い出すから」
 「!!」
あまりに的を得た、まさにその通りな千秋の言葉に高耶は思わず言葉を失う。確かにこのノートは授業中開けていない。というのもすべて千秋の言ったとおり、このノートの予習をした時の会話やその他あれこれを思い出して、一人で赤面してしまうからだ。
赤面してしまうような事が一緒に勉強していてあるはずがないのだが、相手が直江である事を考慮しなければならない。ようは、予習をしながらなし崩しに事に及んでしまったというのが妥当な所だろう。それにたとえそのことを除いたとしても、ノートの端々に直江による書き込みやなんかがなされているのだからそれだけで高耶にとっては心臓に悪い事この上ない。
突然黙り込んだ高耶の反応に自分の推測があたっていた事を知り、千秋は満足げに頷いた。
 「お前らって本当、年中いつでもどこでも何をしていてもお熱いこって」
今更だがな、と付け加えて再びノートに目を落とす。
そこには、激しい情事ゆえに高耶意識を失っている間に直江が書いたであろう言葉の羅列が並んでいる。これをそのまま提出していたらあのオールドミスの定年間際の教師は泡をくって失神していたかもしれない。その光景を思うと出してしまえばよかったと思わないでもないが、それではいくら何でもこいつがかわいそうだと千秋はため息をついた。
 「千秋・・・」
 「ん?」
 「帰るぞ」
単語でモノを発する高耶から怒りのオーラを感じ取って、千秋は肩をすくめる。しかしその一方で怒りの相手が自分でなければ、それも相手が直江であれば、おもしろいものが見れるだろうとそっと笑う。どうせ今回の喧嘩は痴話げんかに過ぎず、大きなすれ違いになることもないだろうと予想して。もっともだからこそ楽しめるのだが。
 「それで、そのノートどうするんだ?今日中に出したらいいらしいけど?」
 「出すに決まってるだろう。オレの成績がかかってんだからな」
そう言うと高耶は直江の詩が書き込んであるページを丁寧に破りとって、提出するこのノート以外を鞄に詰め込んだ。


to be continued


10723リク小説の前編はいかがだったでしょう??
お題は『千秋と直江と、千秋に優しい高耶さんvの3人のお話』そう、お気づきのように直江さん影すらも出てきていません(笑)
しかも千秋がいい目を見ているのかどうだか・・・
↑高耶さんファンの私からすればうらやましい事この上ないですが(笑)
まぁ、続きのほうで何とかできればするつもりですのでそこら辺は♪
それにしても、一体直江は何をノートに書いたんだか・・・
しかも高耶さん何気にノート綺麗に切り取ってるし(笑)

ではでは、10723を踏んでくれた安曇 ゆうは様、そしていつも来て下さっている皆さんありがとうございますvv
これからもよろしくお付き合いください♪



書室に戻る後編



Backgroud by ; Atelier



SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送