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××(キス)

(なんで、こんな事になってんだろう・・・)
高耶は、一時もあの空間に居たくなくて、逃げるように公園から駆け出した。
あそこにはまだ、寄り添う男と女の影があるのだろうか?
(どうして・・・オレ、夢、でも見てるのかな・・・)
土曜の昼下がり、ほんの一、二時間前まで自分は何ともいえない幸せな時間を過ごしていたはずだ。
吐息すらも聞こえるほど近くに愛しい人の姿があって・・・
(どうしてなんだよ、直江!!)

昼過ぎ、一本の電話が入って、これから出かけてくると直江が言った。
仕事か?、と聞いた自分に、直江は苦笑しながら、その方がだいぶましですよ、答えた。
その時は少しめんどくさそうにはしていたけど、とくに変わっていたところはなかった、と思う。
そんなには遅くならないと思います、そう言って出て行った直江を見送った後、今日の夕食の材料が足りない事に気付いた。
今日は久しぶりに肉じゃがでも、と思っていたのに、肝心のジャガイモが切れていたのだ。
他の物にしようかとも思ったが、食べれないとなると余計食べたくなるのが人間で、
結局、少しなら家を空けても大丈夫だろうと家を後にして、近くのスーパーに出かけた。
行きつけのスーパーで、野菜が新鮮で安いから、重宝している所だ。
目的のものと新製品のお菓子を買い終えて、近くの公園を抜けて帰ろうと何気なく思った。
そして、そこで見たのだ。
直江の姿を・・・

始めは、男と女の言い争う声が聞こえてきて、痴話げんかかなぁ、とか思った。
それは当たっていて確かに、痴話げんかだった。
女はもうこの人と付き合い始めたのだから付きまとうな、と言っている様で、
やっぱ、別の道にしようか、と高耶が考え始めたころ、あまり広くはない公園の中なので、現場にたどり着いてしまった。
そして、おもわず体を木の陰に隠した。
言い争っていたらしい女が“この人”に突然キスをしたのだ。
突然の事に驚いたのか、相手の男は一瞬、動きを止めたがすぐにそのキスに応えるかのように腕を女の背に回した。
そして、離れると、女の昔の男にこう言ったのだ。
 私は、あかりと付き合っている。これ以上付きまとうようなら出るところに出る、と。
高耶はしばらく言葉の意味を理解できなかった。

今、目の前に居るのは誰なのだろうか?
あれは直江、ではないのだろうか?
直江はあの女と付き合っている、そういったのか?
では、自分は?
ここに居るオレは、誰なのだろうか・・・


息を切らして部屋に帰った高耶は、誰も居ない空間に直江の香りを嗅ぎ分け、溢れて出てくる涙を止められなかった。
静寂した空間にかすかな嗚咽が響く。
 「直江・・・」
何が起きていたのかよく分からなかった、いや、分かているのに心がついていかない。
さっきまで、隣で笑っていて、明日は海にでも行きますか?と言っていたのは紛れもなく直江だったのに・・・
ふと、この間見たドラマのワンシーンが浮かんでくる。
男の浮気に気付いた女が男に泣きつく場面だった。
――あなたなしでは生きていけないから、戻ってきて――と。
それを見てオレは笑った。
裏切られたのに、どうして女が泣いて頼むのか、それがやたらと喜劇に思えたのだ。
でも、今のこのざまはなんだ?
もし、泣いて頼めば、戻ってきてくれるのならばそれぐらいはするだろう、自分は。
あの愛しい微笑を、声を、手を、すべてを取り戻すためなら、悪魔にでも泣きつく。
あのあと、二人はどうしたのだろう。
昔の男を振り払った祝いでもしているのだろうか、二人きりで・・・
それとも、
 「今度は、オレの番ってか?」
ふと、声にした言葉が固い呪縛となって高耶を縛る。
 「直江・・・。」
―――戻ってきてあの微笑を見せてくれよ・・・―――
高耶は部屋の隅に座り込み、自分の体をきつく抱きしめた。
現実から逃げるように固く目を、閉じる。


 「はぁ、やっと引いたかしら。」
“あかね”と呼ばれた女性は、直江にすごまれて逃げ出した男に舌を出してから、ため息をついた。
 「・・・あかね・・・」
後ろにたたずむ男から殺気を感じてあかねは、一瞬顔をこわばらせた。
しかし、直江の方を向きなおした時には、そんなそぶりは見せない。
 「なぁに?」
不敵に笑うあかねに直江は、分からないようにため息をついた。
相手にばれれば、何倍にもなって返されかねない。
 「・・・まったく、男は選べって言ってるだろ?遊ぶならなおさら。」
 「あら、あなたに言われたくないわね、義明。さんざん女を泣かせているくせに。」
 「その台詞、そっくりそのまま返してやる。それと、最後は訂正させてもらう。今は泣かしてないからな。」
直江の言葉に、あかねは一瞬驚いたようだが、すぐにからかうような色を顔に浮かべる。
 「ふ〜ん、あなたが誰か一人に御執心しているって言うのはほんとだったんだ。」
 「言っとくが、会わせないからな。」
あかねが言い出しそうなことを予想して、直江は先制を打つ。
しかし、そんな事は彼女には関係ない。誰がなんと言おうが、会いたければ会いに行く人間なのだ。
 「あら、義明の意見なんか、聞いてないわ。私は会いたいんですもの。
  あなたにそこまで言わせる人に。
  今まで、誰にも関心なんか抱いた事のないあなたを変えた、“高耶さん”って言う人に、ね。」
あかねの口から出てきた名前に直江は動きを止める。
どうして、その名を・・・と思うが、問い詰めてもきっとまともな答えは返ってこないだろう。
それに、彼女の情報網を持ってすればたいていの情報は手に入るに違いない。 
直江は隠すのも忘れ、ため息をつく。
 「もう、いい。とにかく、これで貸しはなくなっただろう?私は帰らせてもらうからな。」
そう言って、引き返す直江の後ろに当たり前のようにあかねは付いて来る。
 「・・・あかね。なんで、付いて来るんだ。お前の家は向こうだろう?」
 「あら、私はあなたの思い人に会いに行くだけよ。別に義明の許可が必要な事とは思えないけど?」
あかねは悪びれもせず答え、あまつさえ直江を追い抜いて行こうとする。
 「あかね!」
こんな女の毒牙に高耶をかけるわけにはいかないと、声を荒げた時ふと、直江の六感にひっかるものがあった。
 「・・・・・・。」
突然、動きを止めた直江にあかねは不審そうな視線を投げる。
 「義明?」
しかし、そんなあかねに気付いていないのか、直江は辺りの気配を探り始めた。
が、すぐに顔色を変え、走り始める。
その口から無意識にこぼれた名前をあかねは聞き落とさなかった。


続き
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